「MOE」3月号に紹介されている絵本「うろんな客」、縦13.5センチ、横16センチの小型の本です。
ページをひらくと、左ページ上に原文、その下に縦書きで柴田元幸さんの短歌形式の訳、右ページにイラストがあります。
お気に入りのページの紹介なので、ページは追っていますが、ずっとストーリーが続いてはいません。
短歌形式の訳と本の後の方に併記されている散文訳を併記しました。
風強く 客もなきはず 冬の夜
ベルは鳴れども 人影皆無
風の吹き荒れる冬の晩 玄関のベルが鳴って
ハテ今夜はお客様だったかしらと出てみても 誰もいません。
ふと見れば 壺の上にぞ 何か立つ
珍奇な姿に 一家仰天
それで家に入ると 何やら変なのが 壺の上に乗っています。
余りに妙ちきりんな姿に みんなハッと息を呑みました。
出し抜けに 跳び降り廊下に 走りいで
壁に鼻つけ 直立不動
そいつはいきなり飛び降りて 廊下へ駆けていって
鼻先を壁にくっつけ そのままそこから動きません。
夜明くれば 朝餉(あさげ)の席に加わりて
パンに皿まで 牛飲馬食
翌朝になると朝食の席に加わり 程なくして
シロップとトーストを平らげ それに皿の一部まで食べてしまいました。
つれづれに 煙突のぞき見 白靴の
底を剥きては 一人満悦
煙突のなかを覗くのが大好きで あと
白いズック靴の底をひん剥くのも好きなんですよね。
折に触れ 本をごっそり破り取り
壁の絵を曲げ 家内巡回
時には本から何章分も破り取ってしまったり
壁に掛かった絵を 斜めに曲げて回ったり。
ともすれば 訳のわからぬ むかっ腹
風呂のタオルを 一切淫靡
訳のわからない癇癪を起すこともしばしばで
そうすると 浴室のタオルをみんな隠してしまうのです。
――というような奴がやって来たのが十七年
前のことで、今日に至ってもいっこうにいなく
なる気配はないのです。