著書「スマート詩吟は面白い=趣味の詩吟が脳内出血を癒してくれた=」の最初のサワリ5回連載の第4回目です。
食堂・居酒屋には週一回通ったが、私が、詩吟練習に参加するまでには2~3ヶ月を要した。つまりパートさんは積極的だったので、暫く部長とパートさんが二人で練習しているのを、見て・聴いていることにした。部長は私が居て聴いているだけで良いと黙って見逃してくれていた。しかし詩吟は聴くことも非常に大切だから決して無駄な時間ではなかった。そして、いよいよ、私も参加することになった。練習手順は、俗にいう
「あいうえお発声訓練」(アエイウエオアオ、カケキクケコカコ・・・と続く)や
北原白秋の詩「五十音」(アメンボ赤いなアイウエオ、柿の木栗の木カキクケコ・・・と続く)
を4~5回、明るく、歯切れ良く、リズム良く発することから始まった。その後、詩吟の心構えとして、正に私の好きな精神訓話と似た「吟道精神」を読んだ。当初は何回読んでも、さっぱり解らなかった。また随分後になって解ることになるが、「吟道とは何ぞや」というと、「気を養う道」であるらしい。それが「吟道精神」に宣言されている。その後、詩吟の第一歩である「川中島」をこれから師匠と呼ぶことになる部長が吟じた。弟子は私とパートさんの二人である。早く終わってお酒を飲みたいと思った。やはり居酒屋道場がきっかけで、パートさんも一緒だから楽しいわけで、詩吟をしないならば、この雰囲気はないのだから、少々は我慢して詩吟も聴いて吟じる練習をせねばと思うのは、私の性分である。それでも開始数か月間は苦痛の方が大きかった。それまで詩吟とは全く無縁だったし、「吟道精神」もお経みたいで意味を全く理解できないし、いくら「川中島」が詩吟の定番として有名とはいえ、いざ吟じるとリズムは取れないのだから当然である。サラリーマンの趣味とは所詮付き合い、または職場の潤滑油の様なもので、これも今まで参加していた登山や魚釣り、マイコンサークルと一緒ではないかと思う反面、私の周りには誰も詩吟をしている人はいないので、とても潤滑油になれるものではなかった。ところが、この生涯の趣味がこの様なちょっとしたきっかけから始まってしまった訳である。
第5回目、最終回は来週に続きます。1週間お待ち下さい。