遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『教場 2』  長岡弘樹   小学館

2023-05-18 18:39:20 | 諸作家作品
 教場シリーズ第2弾。第1作に続き、短編連作集でこちらも6話を収録する。「STORY BOX」(2014年9月号~2016年1月号)に定期的に短編が連載され、大幅な加筆改稿を行い、2016年2月に単行本が刊行された。2017年2月に文庫化されている。

 『教場』のエピローグで触れられていた第100期短期課程の学生が主な登場人物になる。入校から約1ヵ月が経ち、風間教場の学生数は38人。同期の荒川教場も38人。合計76人。この時点がストーリーの起点となる。ストーリーは勿論、風間教場を取り上げて行く。各短編毎に、読後印象を交えご紹介していこう。

<第1話 創傷>
 授業内容等:第100期短期課程警察手帳貸与式。逮捕術。地域警察。(個人特訓)
       射撃訓練。法医学。
 桐沢篤は警察手帳貸与式で、校長から手帳を受け取る南原哲久の蛞蝓(なめくじ)を連想させる風貌を注視して、以前どこかで見たことがあると思い出す。桐沢が内科医として勤めていた頃の記憶と結びつく。一方、桐沢は入校後すぐに美浦亮真と気が合い、親しくなった。逮捕術の授業で、朝永教官は学生をペアにして、互いに平手で相手の頬を張れと指示した。桐沢は美浦とペアになる。桐沢が指示通り、美浦の頬を張ったが、美浦は張り返してこない。それが問題事象となる。
 5月13日の朝、桐沢は風間から「点検教練」の個人特訓を受ける。その場で、桐沢が警察手帳を紛失している事実が露見する。それが発端となり、射撃訓練の終了後、風間が桐沢の前で、警察手帳紛失事件の謎解きをすることに・・・。
 風間による日々の学生観察力が発揮される一篇である。

<第2話 心眼>
 授業内容等:クラブ活動。(備品の紛失が相次ぐ)。救急法。地域警察。鑑識捜査。
 坂根千亞季がマレットが見当たらないと困惑しているのを忍野宗友が知る。教室内を探していると、梅村と中内が割り込んできて、忍野に対し、ポリグラフ検査と称した嫌がらせ、いじめを仕掛けてくる。通りがかった堂本真佐丈が忍野を救い出す。「救急法」の授業では風間の内意を受け、坂根千亞季が最初の実演志願者となり、彼女は、忍野、仁志川、桐沢を実演者として指名した。呼ばれた男子学生3人には一つの共通点があることに、忍野は気づく。「地域警察」の授業では、坂根と忍野が再び風間の指示で手本としての実演者をやらされる。
 授業後に、風間は忍野の前で、10円玉の入った口金のついた財布を罠とすると言う。
 「鑑識捜査」の授業で、10円玉の指紋鑑定結果は坂根の指紋と判明した。風間はその裏の意味を推理しきった。風間が仕掛けた罠は実に巧妙だったことが読後に理解できた。私は罠の意味を読み切れなかった・・・・。

<第3話 罰則>
 授業内容等:救助訓練法。逮捕術。地域警察。災害救助訓練。
 救助訓練の際、津木田卓は潜水の練習で貞方教官が設定した1分以内に浮上した根性無しになってしまう。それで彼の属する班全員が罰則をくらった。建物の窓ガラス磨きである。この罰則が、津木田に出来心を起こさせることに・・・・・。4階のガラス窓を担当していた津木田は、3階の担当者が居ないことに気づき、3階に降りてベランダの手摺壁に置いたままのバケツを落とした。汚水は、庭に貞方教官が置いていたシットアップベンチを濡らすことになる。これが因となる。逮捕術の授業での練習中の事故で秦山が一部記憶を無くす状態になった。秦山は罰則で3階のガラス窓拭きを担当していたのだ。
 災害救助訓練の授業が、津木田にとって、恐怖のピークとなる。
 教官への反発とふとした出来心が、負の連鎖を拡大していく。短編最後の一行。だがその先がどういう結果をもたらすのか・・・・その推測は幾通りも可能になる。なんというエンディングか。

<第4話 敬慕>
 授業内容等:(視聴覚室)。地域警察。
 菱沼羽津希と枝元佑奈が登場する。FTSという地元のテレビ局が警察学校の授業場面を取材していて、加えて学生代表のインタビューを撮影することになる。警察官一族に育ち、容貌にも自信がある菱沼が学校の広告塔としてインタビューを受ける。収録日の夕方にはニュースの番組の一部として放映予定である。
 菱沼は己の判断で、枝元をこのインタビューに捲き込もうと画策する。枝元は体こそ頑健だがルックスは伴っていない。枝元の特技はレスリングと手話だった。菱沼は枝元の手話をインタビューに加えたいという名目で、己の容貌に対する引き立て役として枝元を使う魂胆だった。番組側の要求質問以外に、菱沼は自分への質問項目すら準備した。番組は予定通り放映された。
 だが、風間は菱沼の発言通りではない手話を枝元がした一箇所に気づいた。
 菱沼は風間から退校届の用紙を突きつけられることになる。
 「そんなに好きだったのね。降参」内心で独り言ちる菱沼の発言、どこまで深く読み込めばいいのか・・・・。おもしろい結末のストーリーである。
 
<第5話 机上>
 授業内容等:犯罪捜査。地域警察。(殺人事件の捜査体験実習)
 仁志川は、以前に内倉・児玉と一緒になり、殺人事件の捜査体験実習という「特別授業」を思いつき、風間に提案したことがある。その時は、「卵を見て時夜を求む」だと風間に却下された。だが、風間は遂に、第一予備教場に殺人事件現場を設定して、第1班(内倉・児玉)、第2班(仁志川・能木)を結成させて、実習を行わせた。この捜査実習プロセスが描かれる。
 実習結果の推理は、風間が期待したレベルに達しなかった。「それから?」の問いかけに、沈黙したままで終わったのだ。だが、仁志川はそこから、風間の目的としたことを確信した。それが仁志川の教訓になる。当分の間「卵を見て時夜を求むるなかれ」を己の銘と決意した。
 風間の信念が明らかにされることになる。風間はどのような捜査経験をしてきたのか。それが知りたくなってきた。

<第6話 奉職>
 授業内容等:(個人特訓)。地域警察。護身術。
 桐沢と美浦は、問題を出して、その答えを交互に出し合う。詰まれば、罰ゲームとして特製青汁を飲むということを行っている。そんな場面から始まる。その後、美浦は一人で藁スタンドを使い突きの打ち込みを繰り出す日課を行う。そこに風間が現れ、両手にグローブをはめさせ、美浦にボクシングの相手をさせた。その後、風間は美浦に「退校届」を預ける。
 風間の授業風景を点描した後、卒業式直近の慌ただしさを背景とした描写に転じて行く。一つは、桐沢と美浦の会話。もう一つは、朝永教官の授業で、風間が特別に相手となり、防御の実演を美浦がするというもの。美浦の前職が最後に明らかになる。
 卒業式直前の緊迫感を点描した短編となっている。

 末尾に記された風間が美浦に対して告げた言葉が良い。
 「一つ言い忘れていたな。わたしが奉職している理由だ」
 「会えるからだよ。きみのような学生に」

 警察学校の一端が垣間見えておもしろい。授業内容を含め、実態描写という観点で、どこまでフィクションとしてデフォルメが加えられているのか、その点が興味津々なところである。
 ご一読ありがとうございます。

補遺
警察学校の一日  :「警視庁」
警察礼式  :「e-GOV」
[PDF}通達甲(警.教.術)第5号昭和41年3月9日

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