遊心逍遙記その2

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『千里眼 ミッドタウンタワーの迷宮』  松岡圭祐  角川文庫

2024-06-22 12:12:50 | 松岡圭祐
 遅ればせながら千里眼新シリーズを読み継いでいる。本作は新シリーズの第4弾書き下ろし。平成19年(2007)3月に文庫版が刊行された。
 2007年1月にこの新シリーズの最初の3作が同時刊行されて、その後奇数月にこのシリーズが順次作品化されると公表されていたようだ。

 岬美由紀の友達である高遠由愛香が、東京ミッドタウンタワーの地上150mにあるオフィスフロアから巨大望遠鏡で2人の中国人に監視されている場面から始まる。この監視活動が、このストーリーに敷かれた伏線となる。
 場面は一転する。美由紀は雪村藍を伴って、百里基地で行われる航空祭に出かける。藍のリクエストでもあったが、美由紀は航空祭での講演依頼を受けていた。基地内で美由紀は偶然にも元上官の坂村久蔵元三等空佐を見かけて話しかけた。美由紀は坂村との会話中に、彼の表情に嫌悪や警戒心を働いた兆候を読み取った。会話はわずかの間だったが、坂村は知られたくない隠し事を抱いているように美由紀は感じた。坂村との出会い、ここにも伏線が敷かれていく。

 青空ではブルーインパルスのアクロバット飛行が行われ、航空祭の会場となった基地内には、無数の自衛隊機の展示とともに、ミグ25フォックスパットがデモンストレーション飛行のために待機していた。そこに、突然に警報ととも緊急事態発生の報せが伝わる。勿論、美由紀は条件反射的に指定場所に駆けつける。そこで見たのは段ボールの小箱に横たわる物体。外観は「パキスタン製小型戦略核爆弾、ヒジュラX5」。液晶タイマーが作動していて、7分後に爆発と分かる。容器は溶接されていて壊せない。本物かどうか、悠長な論議をしている暇はない。即決行動が要求されるのだ。この小型戦略核爆弾にどう対応するか? 集まった幹部自衛官らが戸惑う中で、美由紀が決然と行動に出る。その後を伊吹が追いかける。これがこのストーリーの最初の山場となる。のっけから読者をぎゅっと惹きつける展開。007シリーズで、最初に1つの見せ場が急速に進展して観客を惹きつけるアプローチに似ている。まずは読者があっけに取られる対処を美由紀が決断し実行するというダイナミックなプロセスが描き出されていく。
 その間に、地上では思わぬことが発生していた。フランス空軍がつい最近開発した通称カウアディス攻撃ヘリのプロトタイプが一機、航空祭で展示されていたのだが、それが核爆弾騒ぎの中で消えていた。坂村元三等空佐がその攻撃ヘリに乗り込み、発進させたという複数の証言があると菅谷三佐が語った。なぜ、彼が? これもまた布石となる。

 さて、メイン・ストーリーは? 東京ミッドタウンのガーデンテラス内に、由愛香が都内15番目の店、フランス料理の専門店「マルジョレーヌ」を開店する直前からストーリーが始まる。この店の開店準備と並行して、由愛香は賭博行為に手を染めていた。由愛香は元麻布に所在する中国大使館内で開かれるカジノに招待され、そこで賭博をしていた。その結果、破滅の瀬戸際まで来ていたのだ。
 ある日、美由紀は白金にある由愛香の店を訪れて、その店が閉店となっていることを知る。心配し、由愛香に会って事情を尋ねた美由紀は、由愛香が賭博行為に嵌まり、破産の瀬戸際に居ることを知る。
 美由紀は由愛香に同行し、このカジノでの賭博のカラクリを暴き、由愛香を破産から救出しようと決断する。そのために美由紀はそのカジノでの賭博資金として、己の預金を全額資金として持参する挙に出る。
 メイン・ストーリーのテーマは、友人由愛香を賭博癖と破産の苦境から立ち直らせることである。そこに構想の一ひねりが加わって行くところが楽しみどころなのだ。

 美由紀が由愛香に同行し、大使館内のカジノに行くには、前段のサブ・ストーリーがあった。
 東京ミッドタウン・メディカルセンターで、同僚の臨床心理士徳永良彦が担当しているクライアント又吉光春のカウンセリングに美由紀が関わることになる。それに起因する。徳永に又吉のカウンセリングを依頼しているのは、国税局査察部の小平隆だった。又吉の携わる仕事と彼の金の使い方、日常行動との間に大きなギャップがあり、その収入源について、マルサが疑問を抱いていたのだ。美由紀は又吉と対話し、彼の話を聞く中で又吉が嘘を語っていないと判断する。しかし、その話の内容自体は実に奇妙なのだ。そこで美由紀は独自の調査行動をとる。又吉に案内されて東京ミッドタウンタワーの31階オフィスフロアーを見てみる。そこであることに気づく。美由紀は警視庁捜査一課の岩国警部補とコンタクトをとる。その結果、1つの解釈に確信を持つ。それが由愛香の陥っている問題事象にリンクしていく。この謎解きが読者にとっては楽しみとなる。

 このストーリーのおもしろいところは、由愛香を賭博依存と破産の泥沼から救い出すつもりが、思わぬ裏切りから、状況が悪化し、美由紀が、大切な人の命と国家機密を賭けたカードゲームを行わねばならない苦境に突き進んでいくという進展にある。そこにはある罠が仕掛けられていた・・・・・。
 
 中国大使館内で、美由紀がリベンジのカードゲームを行うことと、美由紀の最後の闘いの場が、東京ミッドタウンタワーになることだけに触れておこう。

 最後に、本作の舞台になる東京ミッドタウンについて付記しておきたい。
 六本木交差点に程近く、かつては防衛庁の庁舎が存在していた場所。そこに緑豊かな複合施設が建設された。ミッドタウンタワーは高さ248m、地上54階、地下5階で、直線が主体の直方体の建物。東京ミッドタウンは、タワーを中心として複数のビルで構成されているという設定となっている。高級志向のエリアである。 p68~69
 
 さあ、この新シリーズ第4作をお楽しみいただきたい。
 
 ご一読ありがとうございます。


こちらもお読みいただけるとうれしいです。
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