タイトルの 20 CONTACTS という文字列が目に止まり本書を手にした。そして、まず知ったことがいくつかある。ICOMと略称される International Council Museums (国際博物館会議)という国際会議が存在すること。2019年にICOM京都大会が開催されたこと。このとき、記念として「CONTACT つなぐ・むすぶ 日本と世界のアート展」が清水寺を展示場所として会期9月1日から8日までの8日間で開催されたということ。不敏にして当時この展覧会情報を全く知らなかった。本書の末尾で、著者がその総合ディレクターとなっていたこと。そして、この作品は、その展覧会とリンクする形で創作されたということである。
本書は書き下ろしであり、2019年8月に単行本が刊行された。2021年8月に文庫化されている。
文庫表紙
この展覧会企画において、コーキュレーターとなった林寿美さん(インディペンデント・キュレーター)がこの単行本に「解説」を書いている。それによると、「展覧会場となる清水寺では、作品をただ鑑賞してもらうのではなく、来場者に、本書に収録された物語(一部)を掲載したタブロイド紙が手渡されることになった」(p207)そうだ。鑑賞機会を逸して残念!!
「はじまり」のスタイルが特異である。とある雑居ビルの3階にある著者の事務所に一通の手紙が届く。それは私(著者)が私に出した万年筆書きの分厚い封書で、まずその内容に目を通すところから始まる。その中で、ICOMがどのような国際機関であるかということと、「CONTACT つなぐ・むすぶ 日本と世界のアート展」の企画が登場する。そして、著者は挑戦状という形で、ミッションを受け取ることになるという次第。
この展覧会には世界から30人のアーティストの作品が展示される。そこには美術家ではないアーティストも含まれる。「これらの巨匠たちは、西洋の美術をよく知り、芸術を深く愛し、かつ、世界じゅうにファンが存在する。そして彼らの肉筆原稿や資料はユニークであり、高い芸術性をもつ、ゆえに、”アーティスト”と呼称することができる。そういう理由でこの展覧会の参加アーティストに列せられているのだ」(p16)
そのうち、20人が物故作家である。
著者のミッションは、この物故作家20人と順に面会し、「必ず手土産を持参し、礼儀を尽くす」。そしてインタビューする。「質問はひとつ、ないしはふたつとする」という条件がつく。そして、「インタビューのプロセスと内容をまとめ、掌編小説にする」「一編につき、3000字~3500字とする」というのが主な設定条件となる。勿論、〆切りが設定されている。
つまり、この作品は物故アーティスト20人とのインタビュープロセスと内容を綴った掌編小説作品集である。
「消えない星々」というのは、ここに取り上げられたアーティストたちを指している。20 contacts <接触 コンタクト>とは、著者のインタビューによる面談の場数をさす。
1番目から20番目までのコンタクトが目次となっている。各コンタクトには、タイトル名称があり、アーティストの名前が記されている。その右に多少付記する。なぜなら、私自身が本書で初めて目にするアーティストも若干含まれていたから。それ自体が私には一種の刺激材にもなった。
いのくまさん 猪熊弦一郎 :画家
曲がった木 ポール・セザンヌ :画家、モダン・アートの巨匠
雨上がりの空を映して ルーシー・リー :陶芸家
ちょうどいいとこ 黒澤明 :映画監督
擬態 アルベルト・ジャコメッティ :彫刻家、現代彫刻の巨匠
樂園 アンリ・マティス :画家、「色彩の魔術師」
背中 川端康成 :小説家、ノーベル賞受賞
冥土の土産 司馬江漢 :絵描きで博物学者
パリ祭 シャルロット・ペリアン :家具のデザイナー
大きな手 バーナード・リーチ :陶芸家、10年余日本に滞在
育ち盛り 濱田庄司 :陶芸家、人間国宝に
垣の花 河井寛次郎 :陶芸家、日本民藝運動に与す
歓喜の歌 棟方志功 :版画家、板画・板業と称す
サフィア 手塚治虫 :漫画家、「マンガの神様」
ピカレスク オーブリー・ビアズリー :挿絵画家、ペン画
発熱 ヨーゼフ・ボイス :アーティスト
秋日和 小津安二郎 :映画監督
緑響く 東山魁夷 :画家
汽笛 宮沢賢治 :童話作家、詩人
希望 フィンセント・ファン・ゴッホ:画家、印象派の一人
本書から逸れるが、2019年時点で現在活躍中のアーティストとしてこの展覧会に参加した作家名も「はじまり」に出てくる。名前を列挙しておこう。そこには大家も新進気鋭も含まれるという。
加藤泉/ゲハルト・リヒター/ミヒャエル・ボレマンス/三嶋りつ恵
三島喜美代/荒木悠/杉本博司/森村泰昌/山田洋次/竹宮惠子
こちらも、私には大半が初めて目にする名前・・・嗚呼! 視野を広げなくっちゃ! 自己への課題が残ったという次第。
掌編小説なので、一編が8~9ページというショート・ショートな短編集である。
読後印象総論として、箇条書きで感想を記してみる。
*アーティストの一側面(局面)に焦点が絞り込まれて、きらりと光る一文に結晶化されていく。その切り出し方が新鮮!
*読むにつれ、著者がアーティストに何を手土産に持参するのか、楽しみになっていく。
その手土産がアーティストの一面を語ることにつながっているのだからおもしろい。
*アーティストに面会するまでのプロセスがマンネリ化することなく、毎回工夫が加わったアプローチになっていて、読者をあきさせる事はない。
*少しは知っているアーティストについても、この掌編小説で、あらたな側面(局面)を知る/学ぶ機会になって、興味が増した。
*アーティストを主題にしたこの掌編小説作品集は、その中で今まで<接触>の機会あるいは意識がなかったアーティスト名との出会いのチャンスとなった。私にとっては、それがもう一つの副産物である。知的好奇心への刺激剤となった。
覚書として、新たな邂逅、関心への起点として知り得たアーティスト名等を列挙する。
宗紫石/アントワーヌ・ヴァトー/前川國男/坂倉準三/ピエール・ジャンヌレ
柳宗理/小野忠明/鈴木伸一/森安なおや/よこたとくお/水野英子/向さすけ
山内ジョージ/薗山俊二/つげ義治/つのだじろう/ユイスマンス/川久保玲
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー/エドワード・バーン=ジョーンズ
ヴィルヘルム・レームブルック/東野芳明/エミール・ベルナール
*物故アーティストとのインタビュー。時空を超えたこのフィクションは、まさに今、ここで生身のアーティストと著者が面談しているように生き生きとした情景を感じさせる。読んでいて少し軽やかなタッチすら感じさせるところが楽しさにつながっている。
*アーティストたちの素顔に肉迫し、身近に感じさせる描写がじつに巧みである。
気軽に次々と読ませる掌編小説集になっている。
ご一読ありがとうございます。
補遺
ICOM京都大会2019 :「ICOM」
丸亀市猪熊弦一郎美術館 MIMOCA ホームページ
上野駅に猪熊弦一郎の作品が設置されている理由は?中央改札口の壁画の魅力を探る
:「藝大アートプラザ」
猪熊弦一郎《自由》──平和への扉「古野華奈子」 影山幸一 :「artscape」
ルーシー・リー :ウィキペディア
モダニズムの陶芸家 ルーシー・リー :「WELL」
ジャルディーニ=ナクソス :ウィキペディア
ヴェネチア・ビエンナーレ日記<ジャルディーニ編> 神出鬼没のクロアチア館を目撃、展示に難ありの「魔女のゆりかご」 :「ARTnews JAPAN」
建築家・吉阪隆正の多岐にわたる仕事の全体像に迫る。「吉阪隆正展 ひげから地球へ、パノラみる」が東京都現代美術館で開催 :「美術手帖」
ジャコメッティと哲学者・矢内原伊作の関係性に迫る。国立国際美術館で《ヤナイハラ Ⅰ》の収蔵を記念する特集展示が開催 :「美術手帖」
ジャコメッティと矢内原伊作が作り上げたもの。|鈴木芳雄「本と展覧会」:「Casa」
嵯峨面 :「工美まつもと」
生命を吹き込まれた民芸品「嵯峨面」 :「東山見聞録 2013冬号」
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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『愛のぬけがら』 エドヴァルト・ムンク著 原田マハ 翻訳 幻冬舎
「遊心逍遙記」に掲載した<原田マハ>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 16冊
本書は書き下ろしであり、2019年8月に単行本が刊行された。2021年8月に文庫化されている。
文庫表紙
この展覧会企画において、コーキュレーターとなった林寿美さん(インディペンデント・キュレーター)がこの単行本に「解説」を書いている。それによると、「展覧会場となる清水寺では、作品をただ鑑賞してもらうのではなく、来場者に、本書に収録された物語(一部)を掲載したタブロイド紙が手渡されることになった」(p207)そうだ。鑑賞機会を逸して残念!!
「はじまり」のスタイルが特異である。とある雑居ビルの3階にある著者の事務所に一通の手紙が届く。それは私(著者)が私に出した万年筆書きの分厚い封書で、まずその内容に目を通すところから始まる。その中で、ICOMがどのような国際機関であるかということと、「CONTACT つなぐ・むすぶ 日本と世界のアート展」の企画が登場する。そして、著者は挑戦状という形で、ミッションを受け取ることになるという次第。
この展覧会には世界から30人のアーティストの作品が展示される。そこには美術家ではないアーティストも含まれる。「これらの巨匠たちは、西洋の美術をよく知り、芸術を深く愛し、かつ、世界じゅうにファンが存在する。そして彼らの肉筆原稿や資料はユニークであり、高い芸術性をもつ、ゆえに、”アーティスト”と呼称することができる。そういう理由でこの展覧会の参加アーティストに列せられているのだ」(p16)
そのうち、20人が物故作家である。
著者のミッションは、この物故作家20人と順に面会し、「必ず手土産を持参し、礼儀を尽くす」。そしてインタビューする。「質問はひとつ、ないしはふたつとする」という条件がつく。そして、「インタビューのプロセスと内容をまとめ、掌編小説にする」「一編につき、3000字~3500字とする」というのが主な設定条件となる。勿論、〆切りが設定されている。
つまり、この作品は物故アーティスト20人とのインタビュープロセスと内容を綴った掌編小説作品集である。
「消えない星々」というのは、ここに取り上げられたアーティストたちを指している。20 contacts <接触 コンタクト>とは、著者のインタビューによる面談の場数をさす。
1番目から20番目までのコンタクトが目次となっている。各コンタクトには、タイトル名称があり、アーティストの名前が記されている。その右に多少付記する。なぜなら、私自身が本書で初めて目にするアーティストも若干含まれていたから。それ自体が私には一種の刺激材にもなった。
いのくまさん 猪熊弦一郎 :画家
曲がった木 ポール・セザンヌ :画家、モダン・アートの巨匠
雨上がりの空を映して ルーシー・リー :陶芸家
ちょうどいいとこ 黒澤明 :映画監督
擬態 アルベルト・ジャコメッティ :彫刻家、現代彫刻の巨匠
樂園 アンリ・マティス :画家、「色彩の魔術師」
背中 川端康成 :小説家、ノーベル賞受賞
冥土の土産 司馬江漢 :絵描きで博物学者
パリ祭 シャルロット・ペリアン :家具のデザイナー
大きな手 バーナード・リーチ :陶芸家、10年余日本に滞在
育ち盛り 濱田庄司 :陶芸家、人間国宝に
垣の花 河井寛次郎 :陶芸家、日本民藝運動に与す
歓喜の歌 棟方志功 :版画家、板画・板業と称す
サフィア 手塚治虫 :漫画家、「マンガの神様」
ピカレスク オーブリー・ビアズリー :挿絵画家、ペン画
発熱 ヨーゼフ・ボイス :アーティスト
秋日和 小津安二郎 :映画監督
緑響く 東山魁夷 :画家
汽笛 宮沢賢治 :童話作家、詩人
希望 フィンセント・ファン・ゴッホ:画家、印象派の一人
本書から逸れるが、2019年時点で現在活躍中のアーティストとしてこの展覧会に参加した作家名も「はじまり」に出てくる。名前を列挙しておこう。そこには大家も新進気鋭も含まれるという。
加藤泉/ゲハルト・リヒター/ミヒャエル・ボレマンス/三嶋りつ恵
三島喜美代/荒木悠/杉本博司/森村泰昌/山田洋次/竹宮惠子
こちらも、私には大半が初めて目にする名前・・・嗚呼! 視野を広げなくっちゃ! 自己への課題が残ったという次第。
掌編小説なので、一編が8~9ページというショート・ショートな短編集である。
読後印象総論として、箇条書きで感想を記してみる。
*アーティストの一側面(局面)に焦点が絞り込まれて、きらりと光る一文に結晶化されていく。その切り出し方が新鮮!
*読むにつれ、著者がアーティストに何を手土産に持参するのか、楽しみになっていく。
その手土産がアーティストの一面を語ることにつながっているのだからおもしろい。
*アーティストに面会するまでのプロセスがマンネリ化することなく、毎回工夫が加わったアプローチになっていて、読者をあきさせる事はない。
*少しは知っているアーティストについても、この掌編小説で、あらたな側面(局面)を知る/学ぶ機会になって、興味が増した。
*アーティストを主題にしたこの掌編小説作品集は、その中で今まで<接触>の機会あるいは意識がなかったアーティスト名との出会いのチャンスとなった。私にとっては、それがもう一つの副産物である。知的好奇心への刺激剤となった。
覚書として、新たな邂逅、関心への起点として知り得たアーティスト名等を列挙する。
宗紫石/アントワーヌ・ヴァトー/前川國男/坂倉準三/ピエール・ジャンヌレ
柳宗理/小野忠明/鈴木伸一/森安なおや/よこたとくお/水野英子/向さすけ
山内ジョージ/薗山俊二/つげ義治/つのだじろう/ユイスマンス/川久保玲
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー/エドワード・バーン=ジョーンズ
ヴィルヘルム・レームブルック/東野芳明/エミール・ベルナール
*物故アーティストとのインタビュー。時空を超えたこのフィクションは、まさに今、ここで生身のアーティストと著者が面談しているように生き生きとした情景を感じさせる。読んでいて少し軽やかなタッチすら感じさせるところが楽しさにつながっている。
*アーティストたちの素顔に肉迫し、身近に感じさせる描写がじつに巧みである。
気軽に次々と読ませる掌編小説集になっている。
ご一読ありがとうございます。
補遺
ICOM京都大会2019 :「ICOM」
丸亀市猪熊弦一郎美術館 MIMOCA ホームページ
上野駅に猪熊弦一郎の作品が設置されている理由は?中央改札口の壁画の魅力を探る
:「藝大アートプラザ」
猪熊弦一郎《自由》──平和への扉「古野華奈子」 影山幸一 :「artscape」
ルーシー・リー :ウィキペディア
モダニズムの陶芸家 ルーシー・リー :「WELL」
ジャルディーニ=ナクソス :ウィキペディア
ヴェネチア・ビエンナーレ日記<ジャルディーニ編> 神出鬼没のクロアチア館を目撃、展示に難ありの「魔女のゆりかご」 :「ARTnews JAPAN」
建築家・吉阪隆正の多岐にわたる仕事の全体像に迫る。「吉阪隆正展 ひげから地球へ、パノラみる」が東京都現代美術館で開催 :「美術手帖」
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嵯峨面 :「工美まつもと」
生命を吹き込まれた民芸品「嵯峨面」 :「東山見聞録 2013冬号」
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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『愛のぬけがら』 エドヴァルト・ムンク著 原田マハ 翻訳 幻冬舎
「遊心逍遙記」に掲載した<原田マハ>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 16冊