遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『共謀捜査』  堂場瞬一   集英社文庫

2023-07-31 23:27:07 | 堂場瞬一
 『検証捜査』では、キャリア官僚永井をリーダーとして全国の警察署から集められた刑事たちがチームを組み、捜査に携わった。警察が警察を検証するために極秘に捜査をするというものだった。その捜査が完了した時点で、刑事たちは原職へと戻っていった。だが、彼らの間には情報ネットワークが築かれていた。
 本書は『検証捜査』を源流として、『凍結捜査』との関わりを持ちながら、「捜査」がキーワードとなり、かつての人間関係が再びリンクしていくという作品である。その「捜査」はフランスが舞台となり、そこから捜査がスイスに移ってくという国際的スケールの警察小説になっていくところがおもしろい。文庫のための書き下ろし作品として、2020年12月に刊行された。

 警察庁のキャリア官僚である永井はフランスのリヨンに所在する「ICPO(国際刑事警察機構)」本部に出向した。永井は、各国警察の「調整機関」であるICPOに、ICIB(国際犯罪組織捜査局)を正式に発足させる準備を行うリーダーとなっていた。これは永井が警察人生を賭けた目標でもあった。日本においては長官官房付でのICPO出向と位置づけられている。
 ここに『凍結捜査』がリンクしてくる。函館中央署の刑事である保井凜が担当した射殺事件は表面的には事実が解明されて解決したものの、実質は凍結状態となった。これを契機として、凜は永井の誘いを受け、2年限定でICPO本部に出向して来て、永井の下で勤務することになった。
 
 このストーリーは、ICIBの発足が間近になってきている時点で、リーダーの永井が本部から2キロほど離れたアパルトマンに通勤に使っている自転車で帰宅する途上で、密かにつけてきたハイブリッドカーに追突され、拉致されるところから始まる。
 ICPOには捜査権はない。永井拉致事件はフランスの警察に任せなければならない。つまり、凜は直接には捜査に携われない。ICIBのチームメンバーと協力して、事件周辺情報を収集するとともに、フランス警察に協力しながら事件解決をめざすしかない。凜は日本国内の長官官房とのコミュニケーションの窓口となっていく。凜は神谷には永井が拉致されたことを電話連絡する。
 地元フランスの警察からの出向で、ICPO職員のアンドレ・クレマンという同僚、地元警察であるリヨン署の犯罪対策班、独身女性で33歳のカミーユ・モローが凜の直接的な協力者になる。
 事態は、ICIBに身代金として100万ユーロを要求する脅迫メールが届いたことから動き出す。

 一方、日本では、神谷が警察庁のナンバースリーである浦部官房長から直接呼びつけられる。浦部は、松崎泰之、45歳が昨夜殺されたと神谷に告げた。手渡された殴り書きのメモによると、後頭部に銃創がある状態だった。元神奈川県警の人間で、ブラックリストに載っていたという。浦部は『検証捜査』時点の背景事象を念頭に置いていた。神谷は松崎射殺事件を特命事項として神谷に調査するように命じた。浦部は神谷の助っ人を予め準備していた。埼玉県警捜査一課の桜内翔吾刑事が浦部が手配した助っ人だった。さらに、福岡県警の皆川慶一朗が加わることに。彼らは神奈川県警の特命捜査のメンバーだった。
 「今は全てが謎だ。進む先に何があるかはまったく見えない」(p61)と神谷が感じるところから、事態がスタートする。
 かつてのタスク・フォースの一人だった大阪府警の島村は、定年退職し大阪警察博物館の館長になっていた。彼はつきあいのある人間関係から組織内の問題事象を耳にする。刑事魂で情報収集を始める。パトロール中の臨港署員が、不審なロシア人に職務質問し、荷物を調べ、コカイン10kgを発見した。保管中のこのコカイン10kgが臨海署で紛失状態になっていた。島村は伝手を使ってその経緯の事実を密かに調べた。

 読者としては、まったく独立したと思われる3つの事件がパラレルに進行しはじめる。それぞれの事件の捜査が、全く異なるやり方で、進む。それらの捜査状況が交互に描写されていく。
 副産物として、読者にはフランスの警察組織が日本とどのように異なるかということがイメージとして掴めていく。ICPOという組織のことも少しわかるようになる。
 神谷たちの捜査は、官房長からの特命事項故に、通常の捜査とどのよう異なる行動になるのかが、興味津々となる。なぜなら、官房長は彼らの捜査の拠点として、公安が昔使っていたとい警視庁の新橋分室を手配し、長官官房の職員二谷を浦部のメッセンジャーに指定したのだ。浦部か掴んだ情報は二谷を介して提供されることになった。
 また、神谷は浦部の動きにも疑念を感じ、何か深い裏がありそうな気がするのだから、おもしろい展開になりそうな予感を読者は感じることに。
 浦部が提供した情報から、神谷らは聞き込み捜査を始める。浦部の動きは早く、ロシアン・マフィアに関する情報が入り、東京に住む貿易商のニコライ・チェルネンコに会うよう示唆が来る。貿易という点で、松崎が海外と、それもブラックな側面での繋がりがあった可能性が出てくる。
 神谷は松崎の足跡を追う中で桜内が見つけた松崎の名刺に記載された住所の部屋を調べる。クローゼットの天井裏から、ちょうど文庫本ぐらいの薄い金属片を見つけた。短辺の片方に、長さ3cmほどの5本のスリットが入っていた。この金属片がキーになり、
 ロシアン・マフィアがキーワードになっていく。島村は神谷がロシアン・マフィアの絡む事件に振り回された事件のことを思い出した。

 拉致犯人が3回目のメールをICIBに送って来た時はブランと名乗った。受け渡し方法は追って指示するという。その後のメールで、永井の受け渡しをスイスと告げてくる。
 凜たちは、受け渡しがどこになりそうか想定し、、永井救出法を練ることになる。

 このストーリー、3つの事件が交差し収斂していくのかどうか、が読者にとっての楽しみどころとなる。交差し収斂するとするならどのように・・・・。
 
神谷たち3人は浦部の命令を受けて、スイスに行くことになる。なぜ、スイスに行くのか。それを語ればネタばれになるので回避する。
 スイスに出向いた3人は凜と合流することになる。勿論、それは永井の救出と関連していた。
 永井の救出行動。そこには国際的犯罪組織撲滅のために想いも寄らぬ企みが組み込まれていた。本書のタイトルは『共謀捜査』である。「共謀」という語句がキーワードになっていることが最後によくわかる。

 この小説、最後に著者の「あとがき」が付いている。そこに、次の文が記されている。ここでご紹介しておく。
*私は、『検証捜査』で出した登場人物たちを、もう少し自由に動かして、主役の座に押し上げてやりたかった。そのため、その後登場人物それぞれを語り部にして、『検証捜査』とは直接関係ない作品群を書き続けることになった。  p515
*全てが『検証捜査』のスピンオフ作品なのだ。・・・・・絶対にシリーズではない。
 本書で完結する・・・・  p516

 その結果、『検証捜査』の後に、『複合捜査』『共犯捜査』『時限捜査』『凍結捜査』が生み出されて、本作に至ったということになる。

 ご一読ありがとうございます。


こちらもお読みいただけるとうれしいです。
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「遊心逍遙記」に掲載した<堂場瞬一>作品の読後印象記一覧 最終版
 2022年12月現在 26冊


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