遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『芸術新潮 12』 特集 21世紀のための源氏物語   新潮社

2023-12-08 17:22:09 | 源氏物語関連
 新聞広告でこの特集のことを知り読んだ。2023年11月25日に発売された第74巻第12号。
 月刊誌の特集であり、実質74ページのボリューム。『源氏物語』に関心を抱き、本を折々に読み継いでいるので、「21世紀のための」というキャッチフレーズに興味を抱いたことによる。

 最初にこの特集の構成をご紹介しておこう。
 Ⅰ はじめての源氏物語  
   大塚ひかりさんの総論解説: 総説のあとに三章だてでの解説が続く
   編集部による『源氏物語』超あらすじ
   And More として、大塚ひかりさんの「ものがたり世界を身体測定する」という文
 Ⅱ 源氏絵ギャラリー  
   佐野みどりさんの解説。6つの観点から構成されている。
   [コラム]マンガになった源氏物語  漫画の実例を載せ、大塚ひかりさんの文
 Ⅲ 「紫式部」の誕生  
   国文学者・三田村雅子さんによる解説文
   「関連ドラマ・展覧会案内」を末尾に1ページ掲載
と、全体は3部構成になっている。

 雑誌の主旨に相応しく、第Ⅱ部では、誌上ギャラリーとして、源氏絵が数多くフルカラー写真の大きな図版で紹介されている。源氏絵に特化した本を別にすれば、多くの源氏物語関連書籍ではモノクロ写真、小さな図版での紹介掲載が多いので、この点大いに楽しめる。雑誌の表紙の源氏絵は、73ページに掲載されている。≪源氏物語画帖≫(重文、京都国立博物館蔵)に載る、土佐光吉筆「花宴」。この源氏絵へのキャプションが「光源氏と朧月夜のボーイ・ミーツ・ガール場面」。この付け方も21世紀風なのかもしれない。

 特集の冒頭は、見開きページを使い、≪源氏物語絵巻≫の「鈴虫 二」(国宝、五島美術館蔵)の部分図を背景に、デンと特集のタイトルが記されている。それに続く3行の文が、この特集の主旨を明示している。引用しよう。
「はるか千年の昔、爛熟した貴族社会を背景に、女性の視点で紡がれた物語が、時代を超え、文化の違い、性の違いを越えて感動を与え続けるのはなぜか。#Me Too と疫病(コロナ)の現在に、改めてそのラディカルな魅力に向き合う」(p22)
 そして、第Ⅰ部には、大塚ひかりさんの総論解説の前に、次のメッセージが記されている。紫式部が『源氏物語』で追求したのは、「リアルな人間世界の喜びと悲しみ、陶酔と不安、祈りと嫉妬だった・・・・」(p24)と。

 この特集では、この物語が千年余の命脈を保ち続けてきたのは、紫式部が物語という形を介して、リアルな人間世界を描き出した。その視点に、当時の時代背景を超えるラディカルな問題意識が内包されていた。そこに読者が感動する根源があるということなのだろう。その一つの読み解き方がここにあるということだ。
「21世紀人のための、21世紀の源氏物語へとご案内します」(p24)のメッセージが末尾の文である。「21世紀のための源氏物語」というタイトルは、現在の若者層を直接的に読者ターゲットにした意味合いだと解る。コラムとして「マンガになった源氏物語」が論じられている。紫式部についての4コママンガが第Ⅲ部で4編併載されているのも頷ける。

 第Ⅰ部の「はじめての源氏物語」の総論解説は実にわかりやすい。たとえば、以下の論点などを含めて、論じられていく。
*『源氏物語』は、それまでの物語がオンナ子どもの慰み物だったことに対しオトナの物語に転換させた。失敗もする等身大の人間をリアルに描き出し、物語の可能性を切り開いた。
*『源氏物語』は、ほとんどいわゆる「不倫」の性愛を描き出していると断じる。その上で、「・・・男にとっては悲恋で、女にとっては虐待かもしれない・・・」(p33)という視点を持ち込む。
*源氏の選ぶ女は弱い立場の格下ばかりで、それは「作者が源氏に天皇のような暮らしをさせたかったからだ」(p35)と論じている点も、興味深い。
*著者は「現代的な視点で見れば」という立脚点を明確にした上で、『源氏物語』を論じている。その結果『源氏物語』に登場する男は、サイテー男ばかりという解説になる。
この視点からとらえればナルホドと思うところが多かった。

 「『源氏物語』超あらすじ」は、本当にざっくりと各帖の大筋がまとめられている。
これから『源氏物語』を読もうとする人には、ごく大括りでストーリー全体のイメージを形成できる。イラストや系図を挿入しながら、7ページであらすじがまとめられている。
まさに超あらすじである。

 「ものがたり世界を身体測定する」という文は、私にはタイトルに使われた「測定」という言葉の使用が今ひとつしっくりとしない。ただこの文の意図するところは興味深い。『源氏物語』に登場する女たちを、「メインの女君たち/ブスヒロインたち/肉欲の対象/奪われる女/八の宮三姉妹」という区分のもとに、具体的な身体描写がどのようになされているかを抽出して、論じている。『源氏物語』を通読しているが、こういう視点で突っ込んで考えたことがなかった。著者は、『源氏物語』の当時の「見る」という言葉のニュアンスを説明した上で、『源氏物語』の身体描写はセックス描写に近いと言う。
 さらに、「男たちを比較する」「似ない親子」「宇治十帖 二大貴公子の対照性」という見出しで、身体描写を論じていく。しっかりと論じられていておもしろかった。

 「源氏絵ギャラリー」は、Q&Aの形式で、源氏絵が解説されていく。取り上げられた源氏絵の名称を挙げておこう。一部または全部の大きな図版が掲載されている。
土佐光元筆≪紫式部石山詣図≫(宮内庁書陵部蔵)、≪車争図屏風≫(京都・仁和寺蔵)、狩野山楽筆≪車争図屏風≫(東京国立博物館蔵)、≪源氏物語絵巻≫(德川美術館蔵/五島美術舘蔵)、土佐光吉筆≪源氏物語画帖≫(京都国立博物館蔵)、伝花屋玉栄筆≪白描源氏物語絵巻≫(スペンサー・コレクション)、岩佐又兵衛筆≪野々宮図≫(出光美術館蔵)、山本春正文・絵≪絵入源氏物語≫(国文学研究資料館蔵)、≪盛安本源氏物語絵巻≫(スペンサー・コレクション)。

 源氏絵には女性が登場せず、全員男性が描かれたものもあるということを、ここで知った。≪源氏物語図屏風≫(今治市河野美術館蔵)である。「そもそも源氏絵制作の主体はほぼ男性のエリートたちでした。・・・彼らが『源氏物語』に象徴される古典古代の文化的力をいかに利用しようとしたか、その価値をどのように再配置したかという問題への視点が欠かせません。・・・・女嫌いの源氏絵が出現する背景には、そうした歴史的な文脈があるのです」(p77)という解説が加えられている。私には新たな視点となった。

 第Ⅲ部では、≪紫式部日記絵巻≫(国宝、五島美術館蔵)の一部と伊野孝行画の4コママンガを併載しつつ、「紫式部」という物語作家がどのようにして生まれたかが明らかにされていく。なお冒頭に、ここ数十年は紫式部の伝記研究は停滞期にあると述べられている。
 待望の皇子を産んだ中宮彰子が内裏に戻る際に、源氏物語の豪華装丁、豪華筆者による新写本を土産物にした望み、紫式部が総監督的な役割を果たし、写本作成の紙を初めとする材料を藤原道長が提供したことは知っていた。道長は喜んで協力していたものと理解していたのだが、著者によると真逆だったそうだ。「道長はこの企画そのものに賛成できなかったらしく、『物陰に隠れてこんな大層なことをしでかして』と紫式部を非難し、嫌味を言いつつ、中宮のためにやむなく協力していたとある。この作業用に道長が提供した硯まで、みな彰子が紫式部に与えてしまったことに憤慨しているようすも明らかである」(p92-93)こんなエピソードは初めて知った。新たな学び。この状況の見方がまた変わる。一方で、この豪華写本作成が、『源氏物語』の存在を確たるものにしたのは頷ける。
 「物語作者としての栄華の頂点で激しい疎外感に苛まれている紫式部がここにいるのである」(p93)という説明は印象的だった。
 『源氏物語』と紫式部の研究にも時代の波と変遷があることの一端がわかり、おもしろい。

 『源氏物語』への入門ガイドとしては読みやすい特集になっていると思う。
 やはり、『源氏物語』は様々な読み方ができるようで奥深い。だからこそ、時代を超えて読み継がれる古典たり得ているのだろう。

 ご一読ありがとうございます。


こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『源氏物語』  秋山 虔   岩波新書
『古典モノ語り』   山本淳子   笠間書院
『紫式部考 雲隠の深い意味』   柴井博四郎  信濃毎日新聞社
『源氏物語入門 [新版]』  池田亀鑑  現代教養文庫

「遊心逍遙記」に掲載した<源氏物語>関連本の読後印象記一覧 最終版
                        2022年12月現在 11冊


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