ゆっくりとしたペースで、藤沢作品を読み継いでいる。本書は1992年12月に単行本が刊行され、1995年11月に文庫化されている。31年前の作品だが色褪せてはいない。
ネット検索してみると、2005年にNHKでテレビドラマ化されている。DVD化もされている。
この作品のメインストーリーの建前は、秘太刀「馬の骨」の使い手が誰かを探索し究明するという時代推理小説である。本音はなぜ執拗にその使い手を探さねばならないかという疑問が背後に控えている。その推理に突き進んでいくという二重構造になっている。
さて「馬の骨」である。北国の藩で、6年前に筆頭家老望月四郎右衛門隆安の暗殺事件が起きた。派閥の長であり、対立する派閥杉原派を圧倒する勢いを示している最中でのことだった。その死体の傷口を大目付の笠松六左衛門が検分して、「馬の骨」とつぶやいたという。望月家は藩草創以来の名門だったが、三ヵ条の理由を挙げて取り潰しとなった。
その大派閥望月派を継いで家老の小出帯刀が頭領となっている。前筆頭家老、杉原は大病を患い、一旦引き下がり派閥が一時衰えていた。だが病気が快方に向かい、杉原派が再び力を取り戻しつつある状況となってきた。あれから6年、状況が動き出している。
小出派に属し、帯刀の引きで、万年御書院目付だった浅沼家から浅沼半十郎は去年、近習頭取に取り立てられていた。半十郎は若い頃に鍛錬し剣術の腕が立つ。半十郎は家老屋敷に呼び出された。帯刀は近頃望月を暗殺したのは小出帯刀ではないかとの噂が出ていると言う。それで「馬の骨」の使い手の究明をしたいのだと。その探索を半十郎に手伝えと言う。半十郎は一、二度、「馬の骨」ということを耳にしたことがあった。「馬の骨」は御馬乗り役の矢野家に伝わる秘太刀と言われていること。矢野家には稽古所があり、剣術の指南もしていることを。
帯刀は、江戸から甥の石橋銀治郎を呼び寄せていて、銀治郎に秘太刀の使い手を探させる。銀治郎の探索の案内と世話をしながら、探索の成り行きを見守って欲しいという指示を半十郎にしたのだった。
ここからストーリーが始まっていく。
秘太刀「馬の骨」の使い手を探索究明するというプロセスはまさに推理小説と同じアプローチになる。ただし、推理を押し進めていくプロセスで大きく異なるところがある。
秘太刀の使い手を絞り込み対象者を推理するのは当然のことだが、本当に使い手であるかどうかを知るために、銀治郎が対象者に木刀での試合を申込み、試合の場に相手を引き出し、勝負をした上で、真に使い手であるかどうか判断するという方法をとる。
半十郎は、試合の対象者となる藩士との最初の折衝役並びに試合での立会人になることで、この探索に関わって行く。銀治郎と試合結果の判断を共有しながらも、一方でこの秘太刀「馬の骨」を執拗に究明することに疑問を抱く。そして一歩突っ込んで小出帯刀の真意は何かに関心を深めていく。その解明のプロセスが半十郎の生き様に関わっていくことになる。銀治郎の世話をすることが、半十郎には徐々に疎ましくなっていく・・・・。
このストーリー、銀治郎が対象者と試合を重ねて、剣術の腕を判断していくプロセスの積み上げとなる。如何にして試合を承諾させるか、銀治郎の行うの手練手管が興味深い。一試合で、一つの章が一区切りとなる構成が主体になるので、いわば、文庫本で306ページという長編小説は、筋を通しながら短編小説を巧みに数珠つなぎにリンクさせていく形になっている。おもしろい試みと思う。
「馬の骨」の使い手探索をメインストーリーの経糸とすれば、いくつかの緯糸が組み込まれていて、ストーリーに奥行きと広がりを加えている。
1つは、小出帯刀派と、再び力を結集し擡頭の機会を狙う派閥・杉原派とのせめぎ合いを伏流として織り込んでいく。ここに、半十郎の妻杉江の兄であり、義兄にあたる谷村新兵衛の立ち位置と迷いが、いわば一つの事例となっていく。いずこにもどの時代にもありそうな話である。
2つめは、浅沼半十郎の家庭内問題がサブ・ストーリーとして、パラレルに進行していく。半十郎と杉江は、男と女の2子を授かったのだが長男が急逝した。それが契機となり、杉江は心の病気に陥った。回復傾向を見せつつも、悩ましい状況が続いている。家に帰れば、半十郎は妻の杉江に対応しなければならない。義兄の新兵衛は時折、半十郎に妹の病気の状況を尋ねることを繰り返す。読者にとっては、全く次元の異なる内容が挟み込まれていくことで、半十郎という男に一層関心を抱くようになっていく。その成り行きに興味津々とならざるを得ない。
3つめは、このような状況の中で、藩主が江戸から帰国するという時期が迫ってきている。半十郎にも藩主の考えに関わる断片的な噂も漏れ聞こえてくる。
メインストーリーの結末は、結局一部の人間だけが事実を胸中奥深くにしまい込み、現象面での建前づくりは別として、真実は闇の中に閉じ込められてしまうのだろう。一方、半十郎の家庭内問題は読者をほっとさせるエンディングとなる。一気読みしてしまった。
ご一読ありがとうございます。
補遺
時代劇シリーズ 「秘太刀 馬の骨」 :「NHK」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『花のあと』 文春文庫
『夜消える』 文春文庫
『日暮れ竹河岸』 文春文庫
「遊心逍遙記」に掲載した<藤沢周平>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 12冊
ネット検索してみると、2005年にNHKでテレビドラマ化されている。DVD化もされている。
この作品のメインストーリーの建前は、秘太刀「馬の骨」の使い手が誰かを探索し究明するという時代推理小説である。本音はなぜ執拗にその使い手を探さねばならないかという疑問が背後に控えている。その推理に突き進んでいくという二重構造になっている。
さて「馬の骨」である。北国の藩で、6年前に筆頭家老望月四郎右衛門隆安の暗殺事件が起きた。派閥の長であり、対立する派閥杉原派を圧倒する勢いを示している最中でのことだった。その死体の傷口を大目付の笠松六左衛門が検分して、「馬の骨」とつぶやいたという。望月家は藩草創以来の名門だったが、三ヵ条の理由を挙げて取り潰しとなった。
その大派閥望月派を継いで家老の小出帯刀が頭領となっている。前筆頭家老、杉原は大病を患い、一旦引き下がり派閥が一時衰えていた。だが病気が快方に向かい、杉原派が再び力を取り戻しつつある状況となってきた。あれから6年、状況が動き出している。
小出派に属し、帯刀の引きで、万年御書院目付だった浅沼家から浅沼半十郎は去年、近習頭取に取り立てられていた。半十郎は若い頃に鍛錬し剣術の腕が立つ。半十郎は家老屋敷に呼び出された。帯刀は近頃望月を暗殺したのは小出帯刀ではないかとの噂が出ていると言う。それで「馬の骨」の使い手の究明をしたいのだと。その探索を半十郎に手伝えと言う。半十郎は一、二度、「馬の骨」ということを耳にしたことがあった。「馬の骨」は御馬乗り役の矢野家に伝わる秘太刀と言われていること。矢野家には稽古所があり、剣術の指南もしていることを。
帯刀は、江戸から甥の石橋銀治郎を呼び寄せていて、銀治郎に秘太刀の使い手を探させる。銀治郎の探索の案内と世話をしながら、探索の成り行きを見守って欲しいという指示を半十郎にしたのだった。
ここからストーリーが始まっていく。
秘太刀「馬の骨」の使い手を探索究明するというプロセスはまさに推理小説と同じアプローチになる。ただし、推理を押し進めていくプロセスで大きく異なるところがある。
秘太刀の使い手を絞り込み対象者を推理するのは当然のことだが、本当に使い手であるかどうかを知るために、銀治郎が対象者に木刀での試合を申込み、試合の場に相手を引き出し、勝負をした上で、真に使い手であるかどうか判断するという方法をとる。
半十郎は、試合の対象者となる藩士との最初の折衝役並びに試合での立会人になることで、この探索に関わって行く。銀治郎と試合結果の判断を共有しながらも、一方でこの秘太刀「馬の骨」を執拗に究明することに疑問を抱く。そして一歩突っ込んで小出帯刀の真意は何かに関心を深めていく。その解明のプロセスが半十郎の生き様に関わっていくことになる。銀治郎の世話をすることが、半十郎には徐々に疎ましくなっていく・・・・。
このストーリー、銀治郎が対象者と試合を重ねて、剣術の腕を判断していくプロセスの積み上げとなる。如何にして試合を承諾させるか、銀治郎の行うの手練手管が興味深い。一試合で、一つの章が一区切りとなる構成が主体になるので、いわば、文庫本で306ページという長編小説は、筋を通しながら短編小説を巧みに数珠つなぎにリンクさせていく形になっている。おもしろい試みと思う。
「馬の骨」の使い手探索をメインストーリーの経糸とすれば、いくつかの緯糸が組み込まれていて、ストーリーに奥行きと広がりを加えている。
1つは、小出帯刀派と、再び力を結集し擡頭の機会を狙う派閥・杉原派とのせめぎ合いを伏流として織り込んでいく。ここに、半十郎の妻杉江の兄であり、義兄にあたる谷村新兵衛の立ち位置と迷いが、いわば一つの事例となっていく。いずこにもどの時代にもありそうな話である。
2つめは、浅沼半十郎の家庭内問題がサブ・ストーリーとして、パラレルに進行していく。半十郎と杉江は、男と女の2子を授かったのだが長男が急逝した。それが契機となり、杉江は心の病気に陥った。回復傾向を見せつつも、悩ましい状況が続いている。家に帰れば、半十郎は妻の杉江に対応しなければならない。義兄の新兵衛は時折、半十郎に妹の病気の状況を尋ねることを繰り返す。読者にとっては、全く次元の異なる内容が挟み込まれていくことで、半十郎という男に一層関心を抱くようになっていく。その成り行きに興味津々とならざるを得ない。
3つめは、このような状況の中で、藩主が江戸から帰国するという時期が迫ってきている。半十郎にも藩主の考えに関わる断片的な噂も漏れ聞こえてくる。
メインストーリーの結末は、結局一部の人間だけが事実を胸中奥深くにしまい込み、現象面での建前づくりは別として、真実は闇の中に閉じ込められてしまうのだろう。一方、半十郎の家庭内問題は読者をほっとさせるエンディングとなる。一気読みしてしまった。
ご一読ありがとうございます。
補遺
時代劇シリーズ 「秘太刀 馬の骨」 :「NHK」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『花のあと』 文春文庫
『夜消える』 文春文庫
『日暮れ竹河岸』 文春文庫
「遊心逍遙記」に掲載した<藤沢周平>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 12冊