プロローグには3つの異なる場面が点描される。最初の場面は、極東シベリアの村、スタロスコエの永久凍土の洞窟内でのマンモスの発見と搬出。次の場面は、パリで開催された地球温暖化防止会議の様子。最後の場面は、シカゴ大学近くのアパートの一室をシカゴのFBI支局の5人による捜査。通報を受け捜査に入った部屋は、自然保護を謳う過激派集団のグレート・ネイチャーが使っていた様で、そこにはある物体の写真が貼ってあった。全体が染めたような濃紺で、端に三つの小さな輪がついていて、棒状で目が3つあり、エボラウィルスに似ているけれども違うという物体だった。
コロナウィルスによるパンデミックは終息化した。だが、それから直近の時点で、この3箇所の異なる点描が絡み合っていき、パンデミック再来の可能性という悪夢をもたらす。これは直近未来SF小説である。
本書は、書き下ろし作品として、2023年3月に単行本が刊行された。
主な登場人物をまず挙げよう。
カール・バレンタイン: 主人公。32歳。プリンストン大学、遺伝子研究所の教授。
医学部卒業後、遺伝子工学の研究を続ける。ここ3年間は休職扱い。2020年に始
まったコロナ禍では、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)の顧問として働
き、コロナ禍の終息化に大きな役割を果たす。だがカールもコロナに感染し、そ
の間にコロナに感染した母を亡くし、それがトラウマになっている。
ニック・ハドソン: 41歳。ナショナルバイオ社の副社長。大学ではカールの先輩。
生命工学の博士号を持つ研究者。ある時期から経営者に転進し、コロナ期には製
薬会社と連携して、ワクチン、抗ウィルス薬の開発に貢献。新しい分野を探求す
る企画の責任者。
ジェニファー・ナッシュビル:博士号を持ち、CDCのメディカルオフィサー。
カールの医学部時代の同級生。コロナ禍のときはジェニファーがカールをCDC
に誘った。ジェニファーはカールが行うウィルス追跡に同行していく。
ダン・ウェルチ: カールの大学時代の友人。1年間、カールのルームメートになる。
生化学研究室の優秀な学生だったが、グレート・ネイチャーに入会。大学を去る。
ダンはアンカレッジからCDC宛てでカールに特別便を送ってきた。ジェニファ
ーがそれを気にした。中身は冷凍ボックス。上面に「パルウィルス」と書いたラ
ベルが貼られていた。本書のタイトルは、ここに由来する。
レオニード・イスヤノフ: モスクワ大学生物資源学科の大学院生。シベリアの生物研究
シベリア研究所で博士論文を作成中。シベリアに密入国したカールらに協力する。
ルドミラ・オスペンスカヤ: レオニードと同じ大学院生。カールらに協力する。
ストーリーは、ニックがカールに仕事を依頼したことから始まる。ナショナルバイオ社の研究所のP3レベル実験室で、3本の試験管中の細胞から遺伝子を取り出し、その修復作業の依頼である。秘密厳守を条件に3万ドルでの仕事。半額が前金として振り込まれていた。カールは「カプセルツール」と呼ばれる防護服を着て、作業に入る。サンプルの肉片は古いものだった。カールは遺伝子を抽出し、切り貼りをしてアセンブルを終了する。しかし、その肉片の中に、おそらく不活性で死んでいるようだが、未知のウィルスが存在することに気づいた。カールの勘ではエボラに似ているが大きさは培近いものだった。
ニックが州立病院に入院した。当初、ウィルス性腸炎と診断されたのだが、カールはそのウィルス自体について不審を感じる。担当医と院長に己の考えを伝えるとともに、ジェニファーに連絡をとる。エボラに似ているがエボラじゃない。そのウィルスがカールには気にかかる。これが、そのストーリーの発端となる。
病院でニックが目を覚ますと、カールとジェ二ファーは病室でニックに質問をする。そして、カールが見た肉片がマンモスのものと判明する。2万7000年前の二歳程度の子供のマンモスがほぼ完全な形で見つかったという。ニックは3年前からマンモスのクローン再生のプロジェクトを立ち上げているという。マンモスがシベリアの永久凍土から発掘され、アラスカのアンカレッジにあるナショナルバイオ社の研究施設に送られたとニックは言った。
カールとジェニファーは、1万年まえに絶滅し、永久凍土の中に閉じ込められたマンモスの死体内のウィルスについて議論する。カールはアンカレッジに搬入されたマンモスを宿主とするウィルスが、次のパンデミックの原因になる可能性を深刻に考え、アンカレッジに向かう決断をする。勿論、ジェニファーもCDCのメディカルオフィサーという観点から、カールに同行する。
カールとジェニファーは、サンフランシスコからアンカレッジを経由してサンバレーに赴く。サンバレーでは、エボラに似たウィルスの出現により、パンデミックの兆候が出始めていた。サンバレーの市長に協力し、カールとジェ二ファーはこの未知のウィルスとの戦いを始めることに・・・。これがストーリーの最初の山場となっていく。
勿論、カールにはマンモスとウィルスとの関連が常に脳裏にある。
サンバレーに居るカールに、上記したCDCのカール宛てでダンからの特別便が届く。カールはジェニファーとともに、カリフォルニア大学サンバレー校のP3ラボを借りて、ダンが記したパルウィルスを、P3ラボでできる範囲内で調べることに・・・・。
このパルウィルスを調べたことが、「これもマンモス由来のウィルスなのか。ダンもニックのマンモスに関係しているのか」(p177)という疑問を生む。
カールはマンモスを追跡するとともに、ダンの思考を追跡することになっていく。
やっとコロナが終息化してきた最中で、新たなパンデミック再来の根源を絶つためにはマンモス発見現場の確定とウィルスの存在の調査が緊急課題となっていく。マンモスの追跡は、カールとジェニファーのシベリアへの密入国を決断させる。
シベリアでは、レオニードとルドミラという二人の大学院生が協力者となってくれる。 シベリアでのマンモス追跡が密入国の経緯から始まり、遂にマンモスを発見する。さてどのように対処するか・・・。これがこのストーリーの第二の山場となっていく。
ダンがニックの狙いとしたマンモスに協力していたことは判明するが、ダンがカールに送りつけたパルウィルスには辿り付けない。カールは改めて、ダンの思考を追跡し始める。そして、原点に戻って、ダンの思考と足跡を追跡する第3の山場が始まっていく。
地球温暖化が、シベリアの永久凍土層に変化を及ぼし、3万年前のマンモスたちの死体が現出する事態を発生させつつある。マンモスの体内に所在した未知のウィルスが地上に現出してくる可能性。また、永久凍土に内在している未知のウィルス他が、凍土の融解により地上に現れてくる可能性。この小説は、直近未来のSFをここに描き出していく。
決して絵空事ではない想定と言える。
カールとジェニファーは人類にパンデミックをもたらすウィルスを撲滅する立場で活動している。しかし、未知のウィルス等を発見し、新たな生物兵器開発を狙うという人々の存在も考えられる。このストーリーでは、その可能性、それが人類にもたらす脅威の側面にも触れている。
コロナ禍を体験した今、実にリアル感を伴う直近未来のSF小説になっている。
ウィルスの「変異」を扱っていくところが、読者に実感を伴わせて恐ろしい。ここ数年のコロナ禍、このパンデミックの推移の総体が、このストーリーの根底にあると言える。
一気読みしてしまった。
ご一読ありがとうございます。
補遺
意外と知らない「パンデミック」の定義とは? :「FUJIFILM Future CLIP」
パンデミック :「総合南東北病院」
バイオセーフティーレベル :ウィキペディア
ウイルスって何だろう? 正しく知って感染症予防 :「サワイ健康推進課」
エボラウイルス病(エボラ出血熱) Ebola virus disease :「厚生省検疫所 FORTH」
エボラ出血熱とは :「NIID 国立感染症研究所」
サイトカインストームって何? :「感染症と免疫のQ&A」
オートクレーブ :ウィキペディア
マンモス :ウィキペディア
永久凍土とは :「北極域研究共同推進拠点」
リチャード・ドーキンス :ウィキペディア
気候変動枠組条約締約国会議(COP) :「全国地球温暖化防止活動推進センター」
生物・化学兵器を巡る状況と日本の取組(概観) :「外務省」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
「遊心逍遙記」に掲載した<高嶋哲夫>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 5冊
コロナウィルスによるパンデミックは終息化した。だが、それから直近の時点で、この3箇所の異なる点描が絡み合っていき、パンデミック再来の可能性という悪夢をもたらす。これは直近未来SF小説である。
本書は、書き下ろし作品として、2023年3月に単行本が刊行された。
主な登場人物をまず挙げよう。
カール・バレンタイン: 主人公。32歳。プリンストン大学、遺伝子研究所の教授。
医学部卒業後、遺伝子工学の研究を続ける。ここ3年間は休職扱い。2020年に始
まったコロナ禍では、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)の顧問として働
き、コロナ禍の終息化に大きな役割を果たす。だがカールもコロナに感染し、そ
の間にコロナに感染した母を亡くし、それがトラウマになっている。
ニック・ハドソン: 41歳。ナショナルバイオ社の副社長。大学ではカールの先輩。
生命工学の博士号を持つ研究者。ある時期から経営者に転進し、コロナ期には製
薬会社と連携して、ワクチン、抗ウィルス薬の開発に貢献。新しい分野を探求す
る企画の責任者。
ジェニファー・ナッシュビル:博士号を持ち、CDCのメディカルオフィサー。
カールの医学部時代の同級生。コロナ禍のときはジェニファーがカールをCDC
に誘った。ジェニファーはカールが行うウィルス追跡に同行していく。
ダン・ウェルチ: カールの大学時代の友人。1年間、カールのルームメートになる。
生化学研究室の優秀な学生だったが、グレート・ネイチャーに入会。大学を去る。
ダンはアンカレッジからCDC宛てでカールに特別便を送ってきた。ジェニファ
ーがそれを気にした。中身は冷凍ボックス。上面に「パルウィルス」と書いたラ
ベルが貼られていた。本書のタイトルは、ここに由来する。
レオニード・イスヤノフ: モスクワ大学生物資源学科の大学院生。シベリアの生物研究
シベリア研究所で博士論文を作成中。シベリアに密入国したカールらに協力する。
ルドミラ・オスペンスカヤ: レオニードと同じ大学院生。カールらに協力する。
ストーリーは、ニックがカールに仕事を依頼したことから始まる。ナショナルバイオ社の研究所のP3レベル実験室で、3本の試験管中の細胞から遺伝子を取り出し、その修復作業の依頼である。秘密厳守を条件に3万ドルでの仕事。半額が前金として振り込まれていた。カールは「カプセルツール」と呼ばれる防護服を着て、作業に入る。サンプルの肉片は古いものだった。カールは遺伝子を抽出し、切り貼りをしてアセンブルを終了する。しかし、その肉片の中に、おそらく不活性で死んでいるようだが、未知のウィルスが存在することに気づいた。カールの勘ではエボラに似ているが大きさは培近いものだった。
ニックが州立病院に入院した。当初、ウィルス性腸炎と診断されたのだが、カールはそのウィルス自体について不審を感じる。担当医と院長に己の考えを伝えるとともに、ジェニファーに連絡をとる。エボラに似ているがエボラじゃない。そのウィルスがカールには気にかかる。これが、そのストーリーの発端となる。
病院でニックが目を覚ますと、カールとジェ二ファーは病室でニックに質問をする。そして、カールが見た肉片がマンモスのものと判明する。2万7000年前の二歳程度の子供のマンモスがほぼ完全な形で見つかったという。ニックは3年前からマンモスのクローン再生のプロジェクトを立ち上げているという。マンモスがシベリアの永久凍土から発掘され、アラスカのアンカレッジにあるナショナルバイオ社の研究施設に送られたとニックは言った。
カールとジェニファーは、1万年まえに絶滅し、永久凍土の中に閉じ込められたマンモスの死体内のウィルスについて議論する。カールはアンカレッジに搬入されたマンモスを宿主とするウィルスが、次のパンデミックの原因になる可能性を深刻に考え、アンカレッジに向かう決断をする。勿論、ジェニファーもCDCのメディカルオフィサーという観点から、カールに同行する。
カールとジェニファーは、サンフランシスコからアンカレッジを経由してサンバレーに赴く。サンバレーでは、エボラに似たウィルスの出現により、パンデミックの兆候が出始めていた。サンバレーの市長に協力し、カールとジェ二ファーはこの未知のウィルスとの戦いを始めることに・・・。これがストーリーの最初の山場となっていく。
勿論、カールにはマンモスとウィルスとの関連が常に脳裏にある。
サンバレーに居るカールに、上記したCDCのカール宛てでダンからの特別便が届く。カールはジェニファーとともに、カリフォルニア大学サンバレー校のP3ラボを借りて、ダンが記したパルウィルスを、P3ラボでできる範囲内で調べることに・・・・。
このパルウィルスを調べたことが、「これもマンモス由来のウィルスなのか。ダンもニックのマンモスに関係しているのか」(p177)という疑問を生む。
カールはマンモスを追跡するとともに、ダンの思考を追跡することになっていく。
やっとコロナが終息化してきた最中で、新たなパンデミック再来の根源を絶つためにはマンモス発見現場の確定とウィルスの存在の調査が緊急課題となっていく。マンモスの追跡は、カールとジェニファーのシベリアへの密入国を決断させる。
シベリアでは、レオニードとルドミラという二人の大学院生が協力者となってくれる。 シベリアでのマンモス追跡が密入国の経緯から始まり、遂にマンモスを発見する。さてどのように対処するか・・・。これがこのストーリーの第二の山場となっていく。
ダンがニックの狙いとしたマンモスに協力していたことは判明するが、ダンがカールに送りつけたパルウィルスには辿り付けない。カールは改めて、ダンの思考を追跡し始める。そして、原点に戻って、ダンの思考と足跡を追跡する第3の山場が始まっていく。
地球温暖化が、シベリアの永久凍土層に変化を及ぼし、3万年前のマンモスたちの死体が現出する事態を発生させつつある。マンモスの体内に所在した未知のウィルスが地上に現出してくる可能性。また、永久凍土に内在している未知のウィルス他が、凍土の融解により地上に現れてくる可能性。この小説は、直近未来のSFをここに描き出していく。
決して絵空事ではない想定と言える。
カールとジェニファーは人類にパンデミックをもたらすウィルスを撲滅する立場で活動している。しかし、未知のウィルス等を発見し、新たな生物兵器開発を狙うという人々の存在も考えられる。このストーリーでは、その可能性、それが人類にもたらす脅威の側面にも触れている。
コロナ禍を体験した今、実にリアル感を伴う直近未来のSF小説になっている。
ウィルスの「変異」を扱っていくところが、読者に実感を伴わせて恐ろしい。ここ数年のコロナ禍、このパンデミックの推移の総体が、このストーリーの根底にあると言える。
一気読みしてしまった。
ご一読ありがとうございます。
補遺
意外と知らない「パンデミック」の定義とは? :「FUJIFILM Future CLIP」
パンデミック :「総合南東北病院」
バイオセーフティーレベル :ウィキペディア
ウイルスって何だろう? 正しく知って感染症予防 :「サワイ健康推進課」
エボラウイルス病(エボラ出血熱) Ebola virus disease :「厚生省検疫所 FORTH」
エボラ出血熱とは :「NIID 国立感染症研究所」
サイトカインストームって何? :「感染症と免疫のQ&A」
オートクレーブ :ウィキペディア
マンモス :ウィキペディア
永久凍土とは :「北極域研究共同推進拠点」
リチャード・ドーキンス :ウィキペディア
気候変動枠組条約締約国会議(COP) :「全国地球温暖化防止活動推進センター」
生物・化学兵器を巡る状況と日本の取組(概観) :「外務省」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
「遊心逍遙記」に掲載した<高嶋哲夫>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年12月現在 5冊