鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

第57話(その4) アマリアの「呪い」と叫び。闇の御子よ、今こそ想いの力を!

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物語の前史プロローグ

 


4.アマリアの「呪い」と叫び。闇の御子よ、今こそ想いの力を!


 
 大地の属性魔法において《人の子》が到達し得る最果ての高み、さらにその先、《永劫庭園・弐(ツヴァイテ・シュトゥーフェ・デス・エーヴィゲン・ガルテンス)》の呪文の詠唱をアマリアが終えたとき、張り詰めた不気味な静けさが御使いの四頭竜を取り巻いた。これから起こるであろう出来事に対して想像も及ばず、固唾を呑んで見守る御子たち。
 彼らの前では、アマリアに先んじてイアラの放った《絶対零度(アブソリュート・ゼロ)》の魔法が、なおも持続的に効果を発揮している。時をも凍らせるような極限の冷気が竜の体を徐々に這い上がり、白銀の氷壁で包み込もうとする。これに対して自らの体を灼熱化した鉄塊の如く変え、超高温によって氷結の進行を妨げようとする四頭竜との間で、見た目には静かな、しかしお互いに膨大な魔力を要する一進一退の攻防が続いていた。
 いかに竜の血を遠く引くとはいえ《人の子》にすぎないイアラが、《はじまりの四頭竜》の力を分け与えられた相手と正面から魔力で押し合う姿を、アマリアは気遣いつつも、低くこもった声で呟いた。
「勝負あったな。私も今、初めて理解したのだが、この《絶対零度》は、物理的に絶対零度を実現する魔法ではないらしい。単なる強力な凍結呪文ではなく、おそらく概念的にも《動く》ことすべてを封じる力があって、その効果だけをみれば、事実上、特定の対象に向けられた《時間停止》の魔法に近いものだといってよい」
 傍に控える地のパラディーヴァ、フォリオムに杖を預け、アマリアが合掌する。何らかの超自然的な効果のせいか、両の手の打ち合わされた音が異様に大きく響き渡る。限りなく黒に近い、濃い鳶色の目に、あるいは彼女の口元に、狂気じみた光が微かに滲み出た。極めて高度な魔法を使用するとき、術者は己の潜在意識の世界と合一し、人としての理性の歯止めを外した次元に自らを置くという。アマリアにもその兆候が徐々に顕わになっている。
「そして貴様の存在自体を対価とし、見るがよかろう。原初の主が去り、呪いの中で永遠に放置された、禁断の庭園の真の姿を」
 耳をすませば、ささやくような調子で一連の不可思議な言葉が聞こえてくる。
「エギレ……オ……ナイ・デイス・ボ……」
 アマリアの口から洩れるそれは、おそらく誰も耳にしたことがないであろうにせよ、何らかの言語らしきものを思わせる。その未知の音韻に導かれるように、鉱石の肌を鈍く煌めかせ、不気味に節くれだち、ねじ曲がったあやかしの巨木が宙空に次々と姿を現し、たちまちのうちに樹林となって御使いの竜の周囲を覆い尽くす。密生した超硬結晶の刃の森は、意思をもち、いましも襲いかかろうと獲物に狙いを定めているように感じられる。
 《星輪陣》がアマリアによる《闇》の《地》の相へと移行したのをその目で確認し、イアラは、息も絶え絶えに喉を鳴らして呼吸しながらも、不敵に満足げな表情を浮かべた。そんな彼女に、エレオノーアが青い目を潤ませて頷いている。
 ――イアラさん、とても辛いですよね、苦しいですよね……。《絶対零度》の呪文は、これを唱える時点で莫大な魔力を必要とするだけでなく、その発動後も、効果を維持するために想像を絶する勢いで術者の力を奪い続けるのです。でも、さすがなのです、イアラさん! まるで、とっくに限界に達した体で、険しい山道をさらに登り続けているような状態なのに。
 まともに立っていることができないのは勿論のこと、意識すら何度も失い、またかろうじて目覚めるということをイアラは繰り返している。だが、彼女と一体化したパラディーヴァのアムニスが、自身の魔力を供給してマスターをしっかりと支えきっている。
 その一方で、アマリアの術によって唐突に現れた悪夢の庭園の風景に、炎の御子グレイルが言葉を失っている。無意識に手を握りしめたまま、拳を震わせ、彼はようやく心の中でつぶやくことができた。
 ――これが、これが、本物の《魔法》だというのなら……。俺らが今まで接してきた魔法って、いったい何だったんだよ。一応、王国屈指の魔道学院の先生たちの術を、俺は身近に見ていたが。今となっては、そんな、茶番……笑うしか無いじゃないか。
 もともと癖のある髪をさらに手でかき乱しながら、グレイルは一種の絶望を感じた。
 ――子供と大人、いや、人と神。あまりにも格が違いすぎる。俺は、《紅の魔女》の足元にも及ばないどころか、足元の地べたを這い回る虫になることすら、今のままでは叶わない。
 アマリアが再度合掌し、さらに手を打った。次々と鳴り響く音に合わせて暗闇の中から、病的な青白さに染められた、艶めく魔性の肌を光らせた石造りの構造物が――今では人々の記憶から消えた太古の女神の像らしきものや、流れ落ちる生贄の血を集める釜を何故か連想させる空っぽの噴水、不可解な象形文字に飾られてそそり立つオベリスク――哀れな御使いの竜の周囲を、それらは別世界へと塗り替えていく。
「クシェ……ソ……クシレ・ボ」
 件の未知の言語らしきものによって、紡ぎ出される呪文。グレイルは、彼の肩に乗るようにして浮かんでいるフラメアに対し、必要以上に声を潜めて尋ねる。
「あれも呪文なのか分からないが、その、まったく聞いたこともない言葉だ。知ってるか?」
「あたしも知らない。分かる? 闇の……」
 尋ねられたフラメアの方も首を傾けるしかなく、何気なくエレオノーアと顔を見合わせる。闇の御子、銀髪のエレオノーアもお手上げのポーズを取る中、異界の言葉をアマリアがさらに紡いでいく。
 これに反応したのは、彼女らと対峙している敵、驚くべきことに、いままで御子たちと意思をほとんど交わさなかった御使いの竜だった。地の底から轟き渡るような思念波が、ただし、風に揺れる灯火にも似た不安定な様子でアマリアに伝わってくる。
 ――星産みの神話ノ時代に、失わレ、タ……第八天の……術式……記述言語ヲ、なゼ、ヒトノコが知っている? ナニ者、ダ……。
 ――偉大なる最も古き竜、その力を分け与えられた似姿よ。我々のような虫けらとようやく話をする気になったか。だが、ひどい有様だな。もう長くなさそうではないか。
 直接の念話でアマリアが応える。そうすることで、彼女は自身の言葉を、他の御子やパラディーヴァには敢えて聞かせなかった。
 ――私は、ただの御子にすぎない。それでも《人の子》としては、多少なりとも《長く》生きた御子だといってよいだろう。私の《予め歪められた生》の呪いのせいでな。
 不意にアマリアが一抹の寂しさを瞳に浮かべたようにみえた。だが、彼女らしからぬその気色は、次の瞬間には跡形もなく消え去っていた。
 ――それで、命を長らえ過ぎると、時には知らなくてもよいことを知ったりもする。分かるだろう?
 ――あり得ナイ。大いナル《絶対的機能》に従う、我ラ、ミツカイでも……達することは、デキ、ない。天の第七層ヨリ上は……原初の時以降、もはや抹消され、存在し、ナイ。
 ――意外にお喋りだな。身の上話でも聞いて、変に情が移って倒す気が失せたらどうしようか、我が宿敵よ。いや、冗談だ。
 アマリアは話を一方的に打ち切って、両手を胸の前で合わせた。
 ――本当に、過ぎた冗談だ。ははは。言っている自分自身に吐き気がする。魂の記憶として受け継がれ、蓄積された我ら御子の《あれ》や貴様ら御使いへの憎しみを思えば。私は、これでも人の子の中では割合に理性的な部類に入ると思うのだが、そんな私の中でも、この体が、この魂が、認めないのだよ。
 苦笑いを浮かべた何ともいえない表情のもと、アマリアが心の声を荒らげた。
 ――時が流れ、大切なものが次々と手のひらからこぼれ、いつも独りだけ取り残されていくどうしようもない無力感を、貴様は知っているか。知るはずもあるまい。ほぼ感情の無い貴様ら御使いは、私よりも遥かに長い永遠の命を持ちながらも、愛する者たちが消えてゆく苦しみを感じない。だが貴様らの戯れによって《人の子》にエルフや魔族のような長い命を与えれば、その《呪い》が何をもたらすか、分かるか。理解できまい。この魂は《呪い》によって鎖につながれ、無駄に現世に長く留め置かれて、私が愛着を感じた者は、あるいは物も、やがてすべて老いて、朽ちて、この世から去ってゆく。私を置いて!!
 アマリアは、怒りに震える手で杖をいっそう高く掲げる。
 ――他の御子たち、特に若いルキアンやエレオノーアたちには、こういう言葉は聞かせたくないものだ。ましてや、短い命と向き合いながら、明日には消えてしまうかもしれないと、一日一日を覚悟をもって生きてきたエレオノーアには。だが、この怒りは……憎しみがもたらす渇きは、恥ずかしながら止められない。たとえ貴様を百度や千度、滅ぼし尽くしたところで、我ら血族の恨みは消えそうもないな。はは!
「エ……ク……サーン!」
 アマリアが再び杖を手にして掲げると、先端に嵌められた青い霊石が輝いた。竜の腹の下、二層から成る黄色い光の魔法円が現れ、それぞれ逆方向にゆっくりと回転し始める。
 ――絡め捕れ、化石の幹で締め付け、汝の糧とするがよい。時に忘れられた魔界の万年樹、与えられた名さえも、もはや朽ちた久遠の石の花よ。
「エ・ク・サーン!!」
 アマリアが両手を広げ、何かを召喚する。例の二層の魔法円の中から、白く乾いた岩石の腕が、いや、うねりながら伸びる枝のようなものが次々と伸び上がり、見る間に成長して御使いの竜に絡みつく。竜にも劣らぬ体躯をもつ岩の大蛇のようにもみえる。だがそれは、化石のごとく硬質化した表皮をもちながらも、明らかに生命活動を伴う植物だ。巨大な石像が手で握り潰そうとするかのように、何本もの《樹》が竜に絡み付き、締め付ける力を徐々に強め、猛獣の牙さながらに鋭利な梢を竜の体にじわじわと食い込ませてゆく。
 ――私とイアラの力で、御使いは完全に抑え込んだ。貴様の滅びを象徴にして、新たにつなぎ直された因果の流れを固定する。
 後頭部で一本に結った黄金色の髪を揺らし、アマリアが振り返った。
「後は君がとどめを刺せ、我らが盟主。闇の御子、ルキアン・ディ・シーマー!!」
 
 ルキアンの名をアマリアが叫んだそのときより、少し前から――この戦いの背後でルキアンは何かを続けていた。《アーカイブ》のエレオノーアから、ある呪文の転送を受けた彼は、御使いの竜に気づかれないようにしつつ、延々と発動の準備を続けていたのだった。
 何かに語り掛けるように、小声でずっと呟いているルキアンの姿はあまりにも地味であったが、それが幸いして御使いに気取られることはなかった。皮肉なことに、彼の存在感の無さが武器になったのである。何もしていないように見えたわりには、ルキアンは相当な疲労を覚えているらしく、病人の付き添い同様、エレオノーアが隣で体を支えている。それでも瞳には逆に気迫を宿して、少しずれた眼鏡を直しつつ、ルキアンはアマリアの声に応えた。
「はい、アマリアさん。これが、僕たちの……いいえ、《みんな》の……想いの力です。イアラさん、グレイルさん、カリオスさん、そしてパラディーヴァたちも、見ていてほしい」
 ルキアンは心の奥で、自身に言い聞かせるように繰り返した。
 ――みんなの哀しみを、苦しみを、怒りを……遂げられなかった想いを、僕は受け取ったよ。いや、確かめたって、言う方がいいのかな。だって、僕は知ってた。この身体の、魂の、霊子のレベルにまで刻み込まれ、記憶されてきた想いを。
 ――僕は忘れないよ、みんなのこと。たとえ人間が、世界が、歴史が、君たちのことを忘却しても、僕は忘れない。
 ルキアンはエレオノーアと頷き合い、しっかりと互いの手を握って、銀髪碧眼の少年少女は声を合わせる。
 
「五柱星輪陣、最終全陣展開。《闇》の……《闇》」
 
 漆黒に閉ざされた心象世界の中で、時計の針が零時を示し、終焉の刻を告げる鐘が鳴り響いた。文字盤に浮かぶ闇の紋章の上に、風、炎、水、地の紋章が次々と重なる。その瞬間、ルキアンだけでなく、エレオノーアも合わせて、二人の髪と瞳が黒く染まり、ルキアンの両目とエレオノーアの左目の闇の紋章が爆発的な輝きを放った。突然、大気を満たし尽くした異様な霊気に、他の御子たちが身体を反射的に震わせる。
 
「暗黒魔法・究極奥義。《嘆きよ、我に集え》!!」
 
 ルキアンとエレオノーアの胸の内に、無数の声が飛び込み、沁み通ってゆく。その最初の声は、彼らの心の中に明確な記憶のある人間、つまりは、いつかの世界の、いつかの時代の《闇の御子》のものだった。
 
――こんなかたちで、やっと会えた。僕は君に会えたんだね。信じられない。よかった! 声は、声は届いたんだ。救いの人よ。
 
 宇宙服を思わせる特徴的な防護服、そこから彼の生きた世界と時代とを推測するのは容易いことだった――《永遠の青い夜》に閉ざされた世界で、《魔染》に怯えながらも、青い空と星空が蘇ることを切に願った一人の男。彼は、焦げ茶色の髪と瞳に、少年の面影を残した《地上人》の技師。己の《予め歪められた生》に支配されながらも、御子としての使命と力に気づかず、それでもひとりの人間として抗って生きた人、アマト・コドゥエ。
 
 
【続く】
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