長崎港に入ってくる船
白帆注進~っ!
見張り台から、大声がする。
オランダ船が来たばい。
太か船ばい。
港に入って来た帆船に、長崎の人々が沸き立つ。
6月、今年も長崎の港に、多くの貿易品を積んだオランダ船が入港した。
長崎において、最も活気づく季節の始まりである。
柳屋にいた、トリの友人でオランダ人を父に持つ青年:未章(みしょう)トラウデン都仁や通詞だった父親の失踪の謎を追って江戸からやって来た青年:伊嶋壮多(いじま そうた)永瀬廉も、表の騒がしさにつられて出てくる。
あれから、アヤカの子どもは順調に育っているらしい。
アヤカにあやされる赤ん坊の近くで芸妓見習いの少女:トリ(都麗)久保田紗友は、三味線の練習をしている。
浜辺で姿を消した置屋「柳屋」に居候していた男:神頭有右生(こうず ゆうせい)髙嶋政宏のいなくなった部屋で、トリは三味線を弾きながら考え事をしている。
地球儀の置かれている方向を見て
先生、どこへ行きんさった。
心に穴が開いてしまったような気分だ。
現在のインドネシア=バタビアからやってくるオランダ船は、
貿易品のみならず、江戸幕府にとって貴重な情報をもたらした。
出島のオランダ商館では、カピタンと呼ばれるオランダ商館長。出島のオランダ人たちを代表するトップ:レフィスゾーン(リチャード・ヴァン・ローイ) から、オランダ船が入港したことによりもたらされた情報がオランダ語で読み上げられる。
大通詞で蘭語通詞会所の長:杉原尚蔵(すぎはら しょうぞう)矢島健一、
大通詞:大田崇善(おおた そうぜん)本田博太郎、
そしてオランダ語通詞:森山栄之助(もりやま えいのすけ)小池徹平 らが出向いて聞き取りをしている。
阿蘭陀風説書、特に国際情勢を詳細に伝える別段風説書は、ヨーロッパ始め世界各国で起きた戦争・災害・植民地情勢が記された日本にとって、何より重要な海外の最新情報書であった。
通詞たちは毎年オランダ側から聞き取りを行い、情報文書を作成した。
これらは全て、急ぎ江戸に送られる。
長崎奉行:井戸対馬守覚弘(いどつしまのかみさとひろ)石黒賢が、別段風説書を手にし、確認後、家老:周田親政(すだ ちかまさ)武田鉄矢から、長崎奉行所の船掛:白井達之進(しらい たつのしん)宮川一朗太 らに命令して送られる。
幕府はこの風説書を基に、国際情勢への対応を進める。
世界の情勢について、幕府は決して無知ではなかった。
出島での仕事に出かける壮多
置屋・柳屋を束ねる女将。壮多を住まわせ、仕事を世話してくれる:しず(紅壱子)の紹介で、出島の仕事をすることになった壮多と未章。鑑札を受け取り、それを帯に通す。壮多もまた、トリと同じように塩頭のことを考えていた。
オマエはまだ、長崎を知らない。
塩頭が別れ際に残して行った、あの言葉が頭から離れないのだ。
自分の知る長崎は人が温かく、トリや未章のような仲間もいて、自分にとって心地の良い場所。
もちろんその中には、塩頭だっていたのだ。
オマエの父親は生きてる。
オマエの父親は、オノレの言葉に滅ぼされた。
以前の壮多なら、父親が生きていると言われれば、あれほど嬉しい・聞きたかった言葉だったのに、今となっては塩頭の言葉に惑わされるばかりだ。
オマエはまだ、長崎を知らない。
でも、今は必死にこの町にくらいついて、自分で真実を探すしかない。
壮多は、砂糖などの貿易品を運ぶ荷役(にやく)として、初めて出島に足を踏み入れた。
出島の中は、いつもは入ることのできない日本人の役人や荷役たちで賑わっていた。
色鮮やかなオウムの甲高い鳴き声に、驚く壮多。ここは日本でありながら、日本ではないようだ。
オランダ船は、直接出島へ船を横づけすることはできず、沖に停泊し
そこから小舟に荷物を移し、小舟から荷役たちが貿易品を出島に運び込んでいる。
慣れない壮多が、受け取った荷物を担いでフラつくと、血相を変えた見張り役に
砂糖の方が大事かばい。
酷くどやされる。
未章がこぼさないように、壮多に注意する。
わざと落として、こぼれたやつを持ち帰る奴がおるとさ、これも立派な抜け荷ばい。
下手すれば首が飛ぶ。
なんとか荷物を小舟から運び終えると、壮多と未章は石段の上に腰かけ
海を眺めながら持ってきたおにぎりで食事をとる。
ときどき、ここの匂いが懐かしゅうなるとさ。
おいの生まれの半分は、こん島にあるけん。
すると、小舟の上で一人の荷役が、懐に何かを入れる様子を見かける壮多。
オランダ商館の二階で
オランダ船からもたらされた、その他の情報を読む通詞たち。通詞の名門に生まれ、幼い頃からオランダ通詞会所に出入りしてきた男:野田立之助(のだりゅうのすけ)浜田信也 がプレブル号の話題を見つける。
プレブル号には、捕鯨船から日本にただ一人やってきて帰国まで長崎に置かれ、森山栄之助らに英語を教えたアメリカ人:ラナルド・マクドナルド(木村昴) も乗っている。どうやら、船は香港に到着したらしい。
大通詞:大田崇善は、
あの漂流民たちには、最後まで手こずらされたばい。
と、懐かしそうに語る。
だが、栄之助はオランダからの情報に、疑問を感じているようだ。
これで、よかとでしょうか。
蘭語通詞会所の長:杉原尚蔵
どげんや。
栄之助は、情報を読み上げる。
・アメリカで金が発掘された。
・エゲレスは清国に対して、いよいよ高飛車になっとる。
確かに貴重な知らせです。
ですが・・・、ここには肝心なことがなか。
バタビアに謀反が起きたっちう記録があっても、オランダが本国から援軍を送ったという記述はなか。
オランダの国力は弱っております。思う以上に・・・そんことを江戸にはきちんと伝えた方が・・・。
しかし、その言葉に賛同する人物は通詞の中におらず、崇善は
己の考えを足してはならん、通詞がそいばしたら終いばい。
といい、杉原は
長崎の町はオランダ船で成り立っとる。
オランダも日本との交易ば大事にしとる。
彼らば貶めるっちゅうことは、この長崎ば潰すっちゅうことやぞ。
ですが、このままオランダからの偏った風説だけを手掛かりにしちょったら、
いずれ日本は取り返しのつかないことになります。
森山っ!
もしや他に、異国の内情ば握ったモンがおったら、いいように踊らされて・・・(ハッ)
栄之助は思い立ったのだ、あの漂着したアメリカ船ラゴダ号の、乗組員のひとり:カイ(カリマ剛ケアリイオカラニ) に成りすました謎の男:吉次(きちじ)サンディー海 が、他国に日本の情報を流すために、堂々とアメリカ船に乗り込んでいったとしたら・・・。
そんために・・・。
わざわざあの男は、自ら望んで牢に入ったのだ。
本日は、ここまで
冒頭、オランダ船を見て「太か船ばい。」と言った人がいましたね。
あれは太っているという意味ではなく、大きいという意味の長崎弁だそうです。
長崎のお祭り「長崎くんち」では、笠鉾という重たい祭りの道具を粋に担ぐ男性に対して
「ふとぉ周れ」と言って掛け声をかける人が、いらっしゃいます。
「おおきくまわれ」と言っておられるのです。
んな無茶なぁ~と思うのですが、まわるんですよ、これが。きゃ~っ!
そして現在の出島の周りは、埋め立てがもっと進んでいて、島の面影はあまり感じないのですが
本当に、繁華街のすぐ近くに海があって、その距離感に驚きます。
壮多のいた時代は、出島の前はもう海だったのねぇ。