宮元さんの新しい本が出ていたので読んでしまいました。
毎回何かしら新しい発見を与えてくれますが、今回一番はこれかなぁ。
再建法隆寺五重塔の心柱の年代の問題。
法隆寺については、日本書紀の火災消失の記事から、
当初の若草伽藍と現在の再建法隆寺を巡って、以前から再建非再建論で話題になっていましたよね。
そして、現在の法隆寺は700年代の再建と言われていますが、
何故か五重塔の心柱は、調査の結果、594年に伐採されたものと断定され、
また論争を呼んだのは、法隆寺に関心のある方なら記憶にあると思います。
私も古代のミステリーだ~と思いつつ、
古文献の年代記述と科学的調査によるこれまでの研究にただスゴいなぁと思うだけだったのですが、
この手の本を読むと、仮説や推理がいかに大事かと思うのです。
つまりは発想の転換!
今回の再建法隆寺五重塔の心柱は、京都蜂岡寺(広隆寺と同化、聖徳太子ゆかりで603年創建)の塔の心柱を再建に当たって移築
したというもの!
その理由についてはこの本の趣旨を解さないと、全く根拠がないものになりますが、
当時の寺社建立の目的を考えると、なるほど~と思わずにいられませんでした。
あと、コレも勉強になりました。
仏教に対する意識の変化。
つまり、伝来当時(古代)は死者の鎮魂のための仏教。
平安時代以降は、(自分のための)極楽往生、もしくは、現世利益のための観音信仰など。
前にちょこっと日記に書いたけど、古代~平安時代は政争で負けて亡くなった人たちの
祟りをおそれてそれを祀る寺社が盛んに作られたりしたのに(実際に祟ったかどうかは別として)、それ以降、争いは続いているのに、そういう話をほとんど聞かなくなったのは
なんでだろう~と思っていたことに対して、ちょっと分かったような気がしました。
私は一読者にすぎないけど、ひょっとしたら歴史のいろんな謎も解明されないことは
ないのかなぁと思います(それが正しいのか証明するのは難しいと思うけど)
やっぱり原因があるから、結果があるんですもんね。
ただ、文献などが明らかに少ないし、意図的に違えて記述されているものなどもあるから
余計に難しいのでしょうけど。
古代の寺社にしても、建っている場所も由来もちゃんと理由がある…
そういうものに触れることが、とっても精神的な快感になります。
だから寺巡りはやめられないんですよね(^^)
最後に、長野はかつて物部守屋の領地だったそうです。
なぜこんな遠い地方が…って思いますが、戦争に備えて、長野は大きな牧場だったそうで、
軍部の最高責任者だった物部氏の管轄だったという。
これで「善光寺の謎」を読んだ時の消化不良も解消された気がしました。
今年は私の中の奈良year(私だけじゃないか、遷都1300年だもんな)
ますます行きたい場所が増えてしまいました…
毎回何かしら新しい発見を与えてくれますが、今回一番はこれかなぁ。
再建法隆寺五重塔の心柱の年代の問題。
法隆寺については、日本書紀の火災消失の記事から、
当初の若草伽藍と現在の再建法隆寺を巡って、以前から再建非再建論で話題になっていましたよね。
そして、現在の法隆寺は700年代の再建と言われていますが、
何故か五重塔の心柱は、調査の結果、594年に伐採されたものと断定され、
また論争を呼んだのは、法隆寺に関心のある方なら記憶にあると思います。
私も古代のミステリーだ~と思いつつ、
古文献の年代記述と科学的調査によるこれまでの研究にただスゴいなぁと思うだけだったのですが、
この手の本を読むと、仮説や推理がいかに大事かと思うのです。
つまりは発想の転換!
今回の再建法隆寺五重塔の心柱は、京都蜂岡寺(広隆寺と同化、聖徳太子ゆかりで603年創建)の塔の心柱を再建に当たって移築
したというもの!
その理由についてはこの本の趣旨を解さないと、全く根拠がないものになりますが、
当時の寺社建立の目的を考えると、なるほど~と思わずにいられませんでした。
あと、コレも勉強になりました。
仏教に対する意識の変化。
つまり、伝来当時(古代)は死者の鎮魂のための仏教。
平安時代以降は、(自分のための)極楽往生、もしくは、現世利益のための観音信仰など。
前にちょこっと日記に書いたけど、古代~平安時代は政争で負けて亡くなった人たちの
祟りをおそれてそれを祀る寺社が盛んに作られたりしたのに(実際に祟ったかどうかは別として)、それ以降、争いは続いているのに、そういう話をほとんど聞かなくなったのは
なんでだろう~と思っていたことに対して、ちょっと分かったような気がしました。
私は一読者にすぎないけど、ひょっとしたら歴史のいろんな謎も解明されないことは
ないのかなぁと思います(それが正しいのか証明するのは難しいと思うけど)
やっぱり原因があるから、結果があるんですもんね。
ただ、文献などが明らかに少ないし、意図的に違えて記述されているものなどもあるから
余計に難しいのでしょうけど。
古代の寺社にしても、建っている場所も由来もちゃんと理由がある…
そういうものに触れることが、とっても精神的な快感になります。
だから寺巡りはやめられないんですよね(^^)
最後に、長野はかつて物部守屋の領地だったそうです。
なぜこんな遠い地方が…って思いますが、戦争に備えて、長野は大きな牧場だったそうで、
軍部の最高責任者だった物部氏の管轄だったという。
これで「善光寺の謎」を読んだ時の消化不良も解消された気がしました。
今年は私の中の奈良year(私だけじゃないか、遷都1300年だもんな)
ますます行きたい場所が増えてしまいました…