うさぎとかえるの里

鳥獣戯画をこよなく愛する自分の日本文化や日常に関する想いをつづります。

京都4~鷺森神社

2010-07-09 20:43:23 | 旅行・参拝
出町柳から叡山電鉄で修学院へ。
今回は念願の修学院離宮の参観許可が出たので、
なかなか足を延ばせなかったこのエリアを回ってみようかとの計画です。

何せ都の表鬼門エリア、個人趣味的にそそられる寺社がいくつかあったものです。

まずは曼殊院を目指すことにし、道を歩いていると千種忠顕の石碑…。



最近は幕末中心で、太平記あたりの人物の名前に妙な懐かしさを覚えてしまいました(^^)
何の史跡なのかも知らぬまま、思わずカメラを向けてしまいました。

さて、曼殊院に向かう途中に立ち寄ったのは鷺森神社。



ご祭神は素盞嗚尊など。
創建は9世紀頃で、もともとは赤山禅院付近に祀られていたものが応仁の乱後に、
現在の修学院離宮付近に、その後その造営の為に現在の場所に遷座したそうです。

修学院離宮の入り口、つまり赤山禅院への参道の付近に、
「鷺森神社御旅所」という石碑があり、赤山禅院と神社とのかつてのつながりを感じさせます。



平日ともあって、このエリアに参拝の人の姿は見えず…
いつものことながら、相変わらずの孤独な1人歴史部…。
参拝には適しているのですが、何にせよ、ちょっと怖かったな、今回…。



うっそうとした森の中の、古い神社。
梅雨の晴れ間とはいえ、森の中は暗いし。
つい最近、入江敦彦さんの「怖いこわい京都」を読んだばかりなので、こういう森が怖かった…。

お参りをして、曼殊院へと抜ける林の小道を抜けると、やっと人家と車道が。

ちなみにこのあたりは「きらら坂」、叡山への上り口です。
北方謙三さんの太平記や、香西かおりさんの歌でよく雲母坂は出てきたのですが、
ようやくその場に立つことができました。
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京都3~伏見寺田屋

2010-07-09 18:43:50 | 旅行・参拝
御香宮神社から、寺田屋までは歩いてもそんなにかかりません。
商店街がとっても発達している地域で、そこを通過して路地を曲がれば割とすぐ。



寺田屋の前には、ツアー客と思しき中年男女がたむろしていたので、
すぐに場所が分かりました。
400円で内部が見学できるようになっています。



横の御庭には、坂本竜馬の像。

小さい入り口をくぐって、見学料を払い、中にあがらせてもらいました。

急な階段を上がると、座敷。



本当に、旅館です。
田舎の温泉宿で、こういうところ泊まったことある…という感じ。
柱に刀傷なども残っていましたが…。



おそらく、池田屋とか近江屋もこんな作りだったのかな~と想像しつつ、
京間の部屋を見学しました。
一部屋一部屋は小さいですが、襖を外せば広くなります
(今は壁になっている部分もあるそうですが)

面白かったのが、窓の外。
屋根が続いていると思ったら、その先に物干し台。



大河ドラマの「龍馬伝」でも、岡田以蔵が京都で追われているときに
窓から屋根に飛び出して逃げる場面がありましたよね。
もっと洛中の家がひしめいているあたりだったら、本当に屋根伝いに行けたんだろうなと、妙に納得した光景なのでした。
多分、こうして斬り込みから逃れたヒトも多かったのではないかと…。

さて、階段を下りると、そこは風呂場。



桶みたいなお風呂は現在は使われていませんが、龍馬の妻のお龍さんが
見廻組を察知して階段を駆け上がったという場所なのでしょう。

板敷きの間には、坂本龍関連の書籍がギッシリと詰まった本棚がありました。
私の理想の書斎を見た気がして、ちょっと興奮しました。
歴史関連と古典の本を積み上げた部屋をいつか作りたいものです…。

近くの「龍馬館」というお土産物屋さんには、龍馬だけでなく幕末人物グッズがたくさん…。
素晴らしい品揃えです。
午前中でほかにお客さんもいなかったので、気さくなお店の方とお話してきました。
お店自体は十年以上も前からあるそうですが、
商品がここまで増えたのはやはり最近のことだそうで、忙しくて大変とのこと。
昔からのファンの方は、店内の椅子に座ってゆっくり店内を見ていかれたそうです。

寺田屋の前には、宇治川の支流。



枝垂れ柳が風にそよぎ、長建寺の方まで川伝いに散策すると、十石舟乗り場がありました。
昔はこうやって、京都と大阪をつないでいたのですね。

さて、午後は修学院界隈の散策予定。
中書島から京阪で出町柳まで移動です。
急行を使うと意外と速いんですね。
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京都2~御香宮神社

2010-07-09 18:26:13 | 旅行・参拝
社殿が桃山文化の豪華絢爛さをよくあらわしているというので、
いつかは来てみたかった神社でした。



今回は幕末ゆかりということで、伏見に来たのでちょうどよかったのです。

色彩と、装飾彫刻が本当に見事です。
本殿は家康の命によって着工、拝殿はやや時代が下ってからのものですが、
こちらの蟇股の中の彫刻も本当に見事。

拝殿のほうがぐるりと周囲を回りやすかったので、ちょっと写真を撮ってみました。
装飾彫刻は、中国の故事とか縁起物からとられるようですが、
そのあたりは私は不勉強なのでよくわかりません。



鶯と、桃…かな。



手長猿…。親子ですね。
実を子ザルに与えています。



これは寒中の筍、中国の故事ですね。

本殿の左右には、見事な蘇鉄の木。



まるで左近の桜と右近の橘のようですね。

今回は見学していないのですが、社務所の裏の石庭は、
小堀遠州が伏見奉行だったときの石庭を移したものだそうです。

遠州好みの庭にはよく蘇鉄が植えられますよね。
秀吉の時代に、宣教師達やポルトガル人から西洋の作庭技術が伝えられ、
それを好んで取り入れたのが、小堀遠州。

ちなみに、蘇鉄も宣教師の手によって、ポルトガルの植民地ゴアなどから、
信長秀吉の時代あたりに入ってきたものです。

私も最初は、日本庭園に南国風の木…ってかなり異色な気がしたものですが、
それが時代の最先端というか、権力の象徴のようなものだったんでしょうね。

二条城にも蘇鉄が植えられ、それを鑑賞するための蘇鉄の間があるくらい。
このあたりからも桃山文化の香りが感じられるのかもしれません。

鳥羽伏見の戦争のときには、薩摩軍がここを屯所にしていましたが、
伏見城大手門遺構の表門とか無事でよかったですね。
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京都1~伏見桃山陵

2010-07-09 18:02:31 | 旅行・参拝
まず向かったのは伏見。

近鉄の桃山御陵前で下車、明治天皇の御陵伏見桃山御陵を目指しました。
明治維新後、東京に移られた明治天皇のご希望で、陵墓は京都に作られたそうです。

御香宮神社を通過してしばらく歩くと、うっそうとした杉並木に囲まれた砂利道が現れます。

緩やかな上り坂のその道、もともとは伏見桃山城のあった場所で、御陵は本丸跡地とのこと。

どうやら地元中高年の方のお散歩コースになっているらしく、
早朝(といっても9時くらい)ウオーキングのご夫婦などがかなりのスピードで歩いています。



登りきった御陵前では、一休みをするトレーニング服姿のおじさんたちがいっぱいいました。

高台にあるため、陵墓は町を見下ろす向きに開けていて、先ほどまでの杉の林から一気に開けた感じです。

砂利道の山歩きにいささか疲れましたが、この後の予定もあるのでほどなく元来た道を下山(?)。

途中にわかれ道があって、そちらは桓武天皇陵参道と書いてあります。
桓武天皇といえば、平安京遷都の偉大なお方。
距離感もつかめぬまま、思わずそちらへ曲がってしまいました。

先ほどまでの杉並木とは植生が打って変わり、
今度はポンペイ美術館展で見た絵画に描かれたような、背の高い落葉樹の林。

鶯をはじめ野鳥のさえずりが何とも大自然を味あわせてくれます。
ちなみにこちらの道も、ご老人達が盛んに往来しています。
鶯の鳴声に、口笛で応えているお爺さんがいて、これまたなんとも風流!

しばらく進むと、車道と交差しました。
どうやら、この車道は伏見桃山城のスポーツ公園に続いている模様。
実は、もう何年も前に伏見桃山城を訪れようと思った折、
駅員さんに道を聞いたら「もうあそこは公開されていない」と引き返した苦い思い出が。
でも、電車からも城は見えるし、確かにそこにあるので、向ってみることにしました。

スポーツ公園ということで駐車場はあるものの、車は一台もなく、ひっそり。

「城の内部は公開されていません。お庭からご見学ください」というような看板があり、
誰もいない敷地内には、夏草が生い茂り、窓も全部閉ざされた、
なんとももの寂しい伏見桃山城の姿が…。






これぞ「夏草やつわものどもが夢のあと」ではなかろうかと…。
哀愁を感じたので、そそくさと一回りして後にしました。

結局、桓武天皇陵はやめて、元来た道を戻りましたが、それは大正解だったようです。
後で調べたら、桓武天皇の柏原陵へはかなりの距離がありました。
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夏の活動報告。

2010-07-09 01:12:44 | 旅行・参拝
ひとり歴史部、2010年2回目の遠征に行ってまいりました。

今回のメインは、この写真の聖徳太子縁の地!
12年に一度の信貴山奥秘仏毘沙門天像の御開帳です。
今年は寅年の信貴山yearですが、この7月1日~15日で御開帳も最期となります。

結局3月と同じく、1泊2日のギュウギュウスケジュールです。

参拝経路はこのような形で…
1日目は京都、2日目は奈良を巡りました。

■1日目

伏見桃山陵(明治天皇御陵)~伏見桃山城

伏見~御香宮神社

伏見~寺田屋見学

修学院界隈~鷺森神社

修学院界隈~一乗寺 曼殊院

修学院界隈~一乗寺 圓光寺

修学院界隈~赤山禅院

修学院離宮

■2日目

奈良~生駒方面 信貴山

奈良~三輪 大神神社

奈良~桜井 安倍文殊院

京都市中

梅雨時ですが、天気も悪くなく、暑いのだけが難点の今回の参拝。
未踏のエリアだった修学院に降り立っただけでもかなりの収穫でした。

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