昨年12月、三ツ池公園で餅つきの活動があったので取材に行ってきました。
三ツ池公園では毎年6月に園内の小さな田んぼで田植えの活動が行なわれます。その稲穂を10月に刈り取って1ヶ月間乾燥させた後、11月に脱穀作業を行ないました。今回は、そのお米でお餅を作るという約半年間の活動の締めくくりです。
三ツ池公園での餅つき
私たち日本人は、元々農耕民族です。里山と呼ばれる、人が暮らしやすくするために改変した自然環境の中で古い時代から暮らしてきました。
AIの描いた里山環境のイメージ
この里山環境と里山でのライフスタイルこそが人と自然とが共存する環境であり、持続可能なライフスタイルです。そして田んぼも里山環境の一部であり、お餅つきも里山文化の一つです。
人が暮らすためには、もちろん自然環境の改変が必要となります。里山環境も人の手つかずの自然環境なのではなく、人が改変した環境であることには変わりありません。
都市の開発も自然環境の改変ですが、手つかずの自然環境を里山環境に改変するることと都市の開発とは、どう違うのでしょうか。
都市開発は森を伐採し、山を崩して沢や湿地をを埋めて立て、更地(平らな不毛の地)にしてから建設行為を行います。自然環境を全否定し、不用なものとして処理するのです。
これに対し里山での自然環境の改変というのは、山や谷の地形はそのまま生かし、森や湿地も残して活かします。手つかずの森林を間伐したり、下草狩りを行なったりして雑木林に改変し、湿地を整備して池や水路や田んぼを作るのです。このようにして、人が自然環境から生活に必要な物資を得やすくするように改変をするのですが、そのために自然環境はなくてはならないものとして扱い、都市開発のように森林全てを伐採したり湿地を埋め立ててしまったりしないのです。
都市開発が自然環境を全否定しているのに対し、里山環境づくりは自然環境を人の生活になくてはならないものとして活かせるように改変しているのです。
これはとても当たり前のことだけれど、とても大事なことなので何度でも繰り返しお話ししていきますが、人間もこの地球の生命の一つですので、地球の水と緑と生きものたちから成り立っている自然環境がなくては生きてはいけません。
都市開発が進めば進むほど自然環境は壊され、地球の水と緑と生命の星としての環境は失われていきます。
地球規模で環境破壊や環境汚染が進んでいると言われる今の時代、ほんらいならば私たちはこうした環境と文化とを守っていかなくてはならないはずなのです。ですので、自然観察をしながら田んぼの活動をするという三ツ池公園での活動は大事な活動だと思います。
脱穀した後の稲わらで、しめ縄づくりも行ないました。
しめ縄づくりにはいろいろな作り方があるようで、これは何年か前の活動の時の写真です。