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日記(5.25) 本(母の遺産)

2013-05-25 10:14:16 | 日記
5月25日 (土曜日)  曇り

昨日に比べたら朝の気温が低く散歩も長袖が必要だった。

タイサンボクの花の蕾が沢山ついている。




高いところで花が咲くので写真が撮りにくい。
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★木蓮(もくれん)科。

  開花時期は、 6/ 1 ~ 7/10頃。
  北アメリカの東南部原産。
  大きい白い「おわん」形の花。芳香あり。
  街路樹、公園樹として、見かける。
  背丈がかなり高くならないと花が咲かない。

☆シンガポールのオーチャード通りには
これが街路樹で、1年中、暑いのでいつも咲いていて
香りが強いのが記憶に残っている。


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庭の水撒きを・・・

なんでも真似をしたがって

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親戚からお花をいただく・・早速仏壇へ飾る。


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水曜日に借りてきた本(500ペーシ)を読み始めた。母の遺産

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子が、親の老いと死を看取るのは、現代では難事業である。
加えてこの小説では、母と娘の間の葛藤も痛快なまでにリアルだ。
娘を振り回す母親の、老いとわがままがすさまじい。


いずれも水村さんの実体験によるが
「実際の母はもっとすごかったですよ」と
笑顔で語るのである。

 小説の主人公・美津紀には作者が投影されている。
50代になり、自身の体が不調なところへ、
母の骨折や入院、施設への入所といった難題が降ってくる。

 作中、美津紀はさんざ母を恨み、愚痴を並べるが、露悪にまでならないのは、
そうした裏打ちがあるからか。
そして副題に「新聞小説」とうたうことで、知的な仕掛けを施した。
この小説は読売新聞連載だが、同じ新聞に100年以上前に連載された新聞小説の
草分けの一つ「金色夜叉」を舞台装置に取り込んだのである。

 熱海の海岸に像が立つ貫一とお宮の悲恋物語。
 作中の母の母、つまり美津紀の祖母は、芸者から資産家の後妻になり、
 何不自由ない暮らしをしていたのに、新聞小説に引き込まれて「お宮は自分だ」と思い込み、
 40代半ばで24歳も若い男と出奔、娘をもうける。

 「当時はほかに娯楽がありませんから、新聞がテレビや映画などすべて兼ねていたわけです。  全国で、お宮に自分を重ねた読者が、どれほどいたでしょうね」

 もう一つ、その祖母と母のモデルを水村さんは、母・節子さんが残したメモワール
 『高台にある家』(中公文庫)から取り込んだ。

 節子さんは父母が正式な婚姻関係になく、後に年の離れた異父兄姉がいることを知り、
 父方の文化的で優雅な生活に憧れ、母を嫌悪する。
 その半生を詳細な記憶で描き出した自伝。
 大きな「母の遺産」である。

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午後はランチの要求が孫君から来ているので・・
何処かに連れていかねば!

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メモ;

▲思えば日銀の金融緩和で円安・株高への市場の期待を膨らますだけ膨らませた
アベノミクスだった。
なるほど人の気持ちで実際の経済が上向くこともあろうが、
人の気持ちほど変わりやすいものがないのも世の習いである.

▲「捕らぬ狸の皮算用」は

 英国で「まだ捕れていない熊の皮を売る」という。

 実体経済に早くなって欲しいものだ!