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これだけビジュアルで性的なものが氾濫していれば、皆が必死に読んでいた川上宗薫とか富島健夫とか宇能鴻一郎の官能小説も、まったく読まれなくなる

2022年04月09日 | 女装子愛好日記
文藝春秋から『完全読解 司馬遼太郎『坂の上の雲』 』が発売されました。
著者は佐藤優氏と片山杜秀氏て、私は両氏とも好きな作家です。
「これはおもしろそうだ」と書店でパラパラと立ち読みしましたが、やや中身が薄いように感じて、その時はレジにはもっていきませんでした。


この対談は文藝春秋誌に連載されたものであることを知り、文春オンラインを読んでいますと、お二人の対談が掲載されています。「こりゃいいや」と会社の昼休みに読んでいました。
第一回の対談で司馬文学はなぜ国民文学になりえたか、というところから検討していますが、その本線と違ったところに私はピンと反応したのです。

司馬遼太郎『坂の上の雲』大講義 ビジネスマン必須の“最高の共通言語”【片山杜秀×佐藤優】
佐藤 片山さんのように、私も大学で教える機会があるのですが、ぜひ今の若い人にも読んでもらいたい。ただ以前と比べて読まれなくなってしまいました。

片山 司馬遼太郎さえ読まれなくなったのは、まさに“メディアの衰退”です。今のメディア状況では、どんな手練れの作家がいくら面白く書いたって、なかなか読まれない。スマホにしろ、YouTubeにしろ、ゲームにしろ、画(え)があったり、動いたり、声が出てきたりするものに、活字が対抗できない。
かつては“簡単には触れられない世界”に“飢え”を感じて、活字で必死で読んだ。下品だけど分かりやすい例で言えば、これだけビジュアルで性的なものが氾濫していれば、皆が必死に読んでいた川上宗薫とか富島健夫とか宇能鴻一郎の官能小説も、まったく読まれなくなる(笑)。

佐藤 フランス書院などの最近の官能小説がとても暴力的で反社会的な傾向が強いのも、逆に映像化できないような極端なものだけが、文字の世界に残っている、ということですね。


“メディアの衰退”の例で、川上宗薫や宇能鴻一郎を引くのは片山さんのセンスの良さ、それに呼応してフランス書院をもってくるのは佐藤さんの守備範囲の広さですね。

私がドキドキしながら宇能鴻一郎を読んだのは40年以上前、そのころはテレビは地上波しかなく、大人の夜の世界を知るには本を読むしかなかったのです。
でも、いまはネットにつないで、女性の脚と脚の間、男性の脚と脚の間を自由に見ることができます。
自分が高校生であれば、宇能鴻一郎さんは読まないですよね。
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