続強子の部屋

思いつくまま、気の向くまま、書いています。

東京大空襲

2016-03-10 18:46:36 | ひとりごと
忘れられない日、あの日はなぜか洋服を着たまま寝ていました。
母に起こされ眠いまなこに映ったのは、家の前の通りを大きな火の粉が飛んでいたことです。
近所を家を消しに回っていた、次姉と父がもう駄目だ、と言ってみんなで逃げる支度をしました。
お父さんが戦地に行っているお隣の家族4人と逃げました。総勢10人です。父はリヤかカーを引いていました。
前にも書きましたが、江戸川区に住んでいたのに、江東区に向かっていたのです。小松川橋と言う
立派な橋があったのに、どうしたことでしょう。江東区に向かって橋を渡ったら、こちらに向かって
逃げて来る人が、沢山いました。馬が狂ったように駆けて来ます。パカパカ・・・怖かったです
橋を渡ってから、土手伝いに逃げました。狂うような風の中船堀橋を渡リました。もうその時は橋の
欄干が燃えていました。橋のたもとで待機していた、警防団の人たちが避難場所に連れて行ってくれました。
もう少し遅かったら、橋がなかったよと言われました。助かったのです。
近くに母の従姉の家があることが分かり、しばらくお世話になりました。
お隣の小母さん、サダオちゃん、リョウコちゃん、ターボー、は小母さんの千葉の実家に行きました。どうしているかしら。
あの時なぜ江東区の方に逃げたのか、今でも不思議です。家から近くの神社の防空壕に避難していたのですが
熱くて、熱い熱いと叫んでいました。父と母はもう一度家に戻り、荷物を持ってくると言うのです。
私は、行っちゃだめだ、と叫びました。しばらくしたら、やっぱり駄目だと戻ってきました。
そして橋を渡ったのです。その時私は、だれの声も聞いていません。姉たちも止めたのでしょうか。
私だけが叫んでいたのでしょうか。今は夢の中の出来事のような気がします。