オストメイトで山賊と海賊・・・銀座のコテコテ周旋屋のよもやま話

去年は100の山を愛し、今年は108の山に恋をする。
夏は太平洋の大波で泳ぎ続け、日本の自然を愛して66年。

売れても債務が残るなら破産しろ

2022-12-21 11:30:27 | 銀座の周旋屋

 

 寺の坊主や、神社の神主やらが、新型コロナ騒動に一緒に踊ってタコ踊りをしている姿は、いただけない、猿回しだった。

 こやつらも、断捨離の類に入っていることが、あからさまに浮き彫りになっていたが、他にも、糞にもならないメディア奴隷ばかり、これを酸鼻という。

 

 老いて、後悔をしてもナニも始まらない。

 流されて、自分の意見や主義主張は持たず、その育った環境にどっぷり浸かって、自分を変えることなどすることもなく、良くないことが起これば、親や先祖や社会が悪い、悪霊や憑りつかれた目に見えないモノのせいにして、ひたすらに被害者意識に自惚れて、自己弁護と自己正当化に生きる、こういう手の大人社会は、宝くじを買って、神社・仏閣に祈願して、良いことが起こるようにと願う日々。

 すべては自分の内にあり、その自分自身をどんどん変えて生きて居る者から見ると、その怠惰で卑怯な生き方には同情の余地は無く、自業自得だと言い放って終わりだ。

 酒に溺れ、無意味な時間潰しに明け暮れて、薬に頼り、無意味な予防医学に明け暮れて、後悔だけの老後。

 人類の世界では、その立ち位置が決まった時点で、終わりまでの流れも決まってしまう。

 皆がうつから、メディアで煽られるから、国家が奨励するから・・・ワクチンをうってる者は、すでに自分自身の命の責任すら、放り投げて、知らん顔。

 そんな単細胞な足元を見透かされた大人たちは、死ぬまで玩具にされて生きるしかない。

 

 もともと地球上にあった物質を使ってしか、新しいモノを作れない人類は、どんなに画期的で斬新なモノを作り出したとしても、所詮は地球にはなんの関係も無い、大きな振動を加えたり、気流を変えるのが関の山で、ゴミだの二酸化炭素だのと騒いだところで、それは人類のみみっち~世界だけの利益誘導行為で終わる。

 地球や宇宙には、なんの関わり合いも、無い。

 

 コミュケーション能力の足りない身勝手な大人社会が、新聞・テレビにネットで事足りると妄信してしまい、これから大量に老いて介護される側になるとき、養豚場の豚のごとく酷い扱いを一律で受けるようになり、自己主張をキチンと会話の中で出来ない大人には、そこから抜け出す術はなくなってくる。

 言いたいことを言う、キチンと主張する、独りになっても堂々と胸を張って笑い飛ばす、あんたに出来るかな?

 人間界での凄まじい経験の積み重ねと、凄まじい独学の積み重ねと、凄まじい大自然での修行の積み重ねと、もっともっとと緩めることなく突き進む精力と、それらを身に着けていなければ、これからの世界大混乱には敵わない。

 いちいち言わなくても解ってくれる? そんな大人社会なんざ、いまの時代には望むべくもない。

 オツムの容量が小さくて、脳味噌もカラカラに乾いてる相手に、まともな理解力を求めることなど叶わない。

 そのまともという基準すら、無いに等しい時代だ。

 行く末、結果の見えている大人たちに、どんな会話が出来ると言うのだろうか?

 少なくともコロナ騒動では、そんな軽薄な連中はワクチンをせっせと競ってうって、淘汰の名札を付けている。

 もともと世の中社会なんて、そんな猿の集合体だったと言えばそれまでだが、令和の現代では、破綻だろう。

 

 2年前から言ってることだが、政府が治験の足りないにも関わらずに うて!うて! と言うばかりのワクチンを、せっせと言われるがまんまに従っている国民は、すでに自分の命の責任を放棄してしまってる訳で、そのオツムの限界を晒している、そんな惨状を眺めて来てはいる。

 俺の仲の良い古い同世代の経営者たちは、最初からそんな怪しいものなど関わらない、ただ社会で商売をする以上は口裏を合わせて率先参加、しているような優等生のフリだけはキチンとして来てる。

 本当にワクチンを何度もうって来た大人たちは、どういうオツムの構造をしているのか? 不思議な景色だ。

 これからワクチンによって破壊された免疫異常によって、死ぬまで惨憺たる難病・奇病の洗礼を受けるだろう。

 

 そもそもが、コロナだと言ったところで、インフルエンザの亜流でしかない訳で、俺のようにワクチンすらうたず、大笑いして山や海で遊び惚けているオヤジは、いまでもまわりの何度もワクチン接種してコロナに罹ってる間抜けな連中の看病をあちこちで続けている。

 濃厚接触者だと言えば、もっとも濃厚な接触者だろうが、なんの影響も無い。 

 微動だに、しない。

 子供たちを育てて来た時も、子供がインフルエンザに罹れば横に添い寝してやり、俺に全部悪いものは移してしまえ!! と、大笑いしていたオヤジだから、コロナごときは最初から敵では無い。

 とうぜん、インフルエンザすらワクチンはうったことが無い。

 こうやって笑い飛ばして現実を生きて居る人間が、もっと多くなればなんということもないんだが、メディアにすべての判断を任せてしまってる人類は、どうしようもない劣化を続けてる猿以下の昆虫になり果てている。

 予防医学にゼニカネつぎ込んでいる資産家・財産家・金持ち成金の猿らも、同類のお馬鹿でしかない。

 コネやツテに金を使って、庶民よりも早くワクチンをうったと大喜びの、猿。

 優秀な大学を出ているというエリートもどきらも、同類だ。

 単に暗記と知識の量だけで、偉くなったと自惚れている猿。

 自分のオツムを自分でコントロールできる訓練は、な~んにも出来てない。

 知識や暗記だけならば高度なコンピューターには、敵う訳もなく、最期は哀れな自爆しか残らない。

 

 ワクチンなどの余計な予防医学に自然免疫を壊された多くの人間は、接種した時だけは、そのウイルスに対してだけ強い抗体を持つが、他の大事なすでに持っていた自然免疫を台無しに破壊してしまってる。

 そうしてそのワクチンの効果は一時的なものだから、次に罹った時には自然免疫を壊してしまってるために、どんどん重症化してしまい、難病・奇病のオンパレード、儲かるのは医療・薬業の終わりなきウハウハ、阿呆だな。

 人間は、常に債務者の立場で生きるのか? 債権者の立場で生きるのか? その足元ですべてが決まる。

 洗脳され、煽動され、流され続けての無意味な時間つぶしの人生なのか? それともいつも真新しい自由自在な自分の時間を愉しむのか、真反対の結論になる。

 自分がダメなのは親や先祖のせい、悪霊や祟りのせい、上手くいかないのは神や仏を大事にしてないからだとか、墓が汚いだとか、常に自分以外のモノのせいにして、自分は正常だと思い込んでいる。

 すべては自分のせい、自分が足りない、自分の行動でなんとでもなる、そう、俺は生きて来た。

 自由自在だぜ、商売も、そうしてこれからやってくる世界の大恐慌も、すべての準備は終わっている。

 おなじ人類のやることなんざ、すべてお見通しになってしまってる。

 地球や宇宙の方が、遥かに解らないことだらけで、未知なる魅力に満ち満ちている。

 

 貧しい者こそ、見栄を張り、無理をして、虚勢を敷き詰め、無い癖にあるように無理して見せるもんだが、あればあったで必死に守ろうとし、憑りつかれたように増やそうとする魂胆は、心浅ましい猿の習性ではある。

 無ければ無いで楽しみ、あっても無いとおなじ楽しみに日を尽くし、ナニも変わらない者をこそ、大人と言う。

 大人とは、無借金・貸し借り無しで、すっくと独りで生き、自由自在に笑っているもののことを言う。

 住宅ローンですら、立派な借金だが、借金できることが名誉だと言わんばかりの時代は、もう終わってるさ。

 時間の無駄とはこのことで、自意識過剰なお子ちゃまが、騒音・狂騒・馬鹿騒ぎを続けるのとおんなじさ。

 金に追われ、金に喰われ、金に時間を奪われて、金に命を蝕まれる。

 俺も若い時分は随分と無茶をしてきたが、全責任を負って解消して来た。

 40歳くらいから、すでに借金するような阿呆なことからは、私生活でも業でも、足を洗っている。

 その場その場でキッチリと即断即決できるのは、そんな余裕があるからの話でもある。

 怖いモノが、ナニも無くなると、余計なモノもいらなくなる。

 これ以上にシンプルな生き方は、なくなってしまう。

 他人や社会がよく見えるようになり、隠しているものまで解ってしまう。

 間抜けな大人を気取った、幼児ばかりの社会は、悲劇なんてまるでなくって、猿のお笑い劇場だけだ。

 不良債権化した家や人間は、死ぬか、健康を害すか、はたまた自己破産するか、数えるほどの逃げ道しかなくなるが、我欲や見栄が原因でそうなった者は、最期の最期まで、親が悪い、先祖が悪い、社会が悪い、誰が悪いと、哀れな自分を正当化し続ける惨めな習性が抜けることもない。

 そんな猿が万が一、大金を掴んだとて、その後の生の時間は、決して満たされないまんま終わって逝っている。

 堂々巡りの、小さな見栄と我欲に振り回されて、そこに生きる幸せがあると考えていること自体、終わってる。

 すべてのことは自分の内にしかなく、その自分を拡げて行くしか生の自由自在さは手に入らないものだが、その自分は変えようともせずに、すべて他者に責任を求め続ける姿は、餓鬼そのもの、地獄へ落ちろ!と、俺は言う。

 我欲と見栄だけで積み上げた借財の山には、誰も振り向くこともなくなるのさ。

 誰も、助けてくれる訳もない。

 終わりにした方が、社会や他人のため、そんな守銭奴成金の姿は、この銀座でも腐るほど見掛ける普通の景色だ。

 哀れを通り越して、笑えはするが、感情は動くこともない。

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。