バルト3国の一つ、リトアニア。西部の港湾都市クライペダで、液化天然ガス(LNG)のターミナル建設が進む。
「ロシア依存から独立するため、リトアニアで最も重要な事業だ」。政府出資のエネルギー会社の前最高経営責任者ロカス・マスリス氏は力説した。12月の完成をめざす。
天然ガスの100%をロシアからのパイプラインに頼っている。供給をいつ止められるか分からない。ターミナルが完成すれば、米国からシェールガスを安く仕入れることも可能になる。LNG計画が評価され、マスリス氏は9月、エネルギー相に抜擢(ばってき)された。
リトアニアには、脱ロシアを進める計画がもう一つある。ロシア寄りの街ビサギナス。ここに日立製作所が2020年代に最新鋭の改良型沸騰水型炉(ABWR)を1基造る。
かつては、80年代に建てたチェルノブイリ原発と同じ旧ソ連製の2基で電力を周辺国へ輸出していた。だが、欧州連合(EU)加盟と引き換えに、09年末で2基は廃炉に。一転してロシアからの送電線に頼るようになった。
原発の新設計画は06年に浮上したが、東京電力福島第一原発事故の影響により、12年の国民投票で6割超が反対し滞っていた。
そこへウクライナ情勢の緊迫が伝わる。ロシアに強い危機感を持ったダリア・グリバウスカイテ大統領は3月に7党首と会談し、「原発計画の推進」と「EUとの電力系統の接続」などで合意した。
逆に、ロシアの監視の目はきつくなった。エネルギーを買ってくれていた得意先がなくなるためだ。閉鎖した2基の廃炉を担っていたドイツ系企業は、ロシア企業に買収されている。
「リトアニアの原発は、EUがロシアと対峙(たいじ)するための安全保障の最前線になりつつある。地域の命運を担う覚悟も必要になるとは、当初は考えも及ばなかった」(日立関係者)
日本が原発2基を建設する予定のベトナム。取材に応じた政府関係者は「人口増や経済の活発化で電力が足りない。我々は中国やラオスから電気を輸入したくない」と語った。
ただ、ベトナム情勢に詳しい伊藤正子・京大准教授は「電力事情だけではない」と見る。「ベトナムは中国に対抗するため、核を持ちたいという欲求がある」。伊藤氏によると、ベトナムは情報を厳しく統制しているため、反対運動はほとんど起きていない。
原発輸出の相手国、特に核を持たない国にとって、原発はエネルギー源と安全保障の二つの意味を持つ。海外との取引を広げ、日本は原子力産業で働く約5万人の雇用を守ろうとする。輸入する側、輸出する側が共に原発の「メリット」だけにすがる構図が見える。
■「成長戦略」、政権が後押し
日本は09年、アラブ首長国連邦の原発建設の入札で韓国企業連合に敗北し、ベトナムでの受注獲得に躍起になった。メーカー単独での受注に限界があると判断した政府は翌年、電力会社、メーカーと共同出資で「国際原子力開発」を設立。福島の事故後も、輸出推進の立場を保った。
安倍政権は、より前のめりになる。安倍晋三首相が最初の外国訪問に選んだのはベトナム。地震が多く反対運動も盛んなトルコには昨年、「事故の教訓を世界で共有し世界の原子力安全を図っていく」と、信頼回復に努めた。中国や韓国、カナダと競合する中、トルコから4基建設の優先交渉権を得たのは、三菱重工業と仏アレバの企業連合だった。
今年10月には「原子力損害の補完的な補償条約(CSC)」の承認案を閣議決定した。CSCは、原発事故の責任を電力会社だけにして、メーカー責任は問わない。「原発輸出を進める効果がある」(外務省)
「私は今の安倍さんと同じことをしていた。恥ずかしい限りだ」。4年前、ベトナムと交渉した菅直人元首相は反省する。「原発事故でコストと安全性に対する認識が変わった」。ただ、民主党にも、国内の再稼働には慎重だが、輸出には肯定派も多い。原発輸出は日本の成長戦略として揺らぎそうもない。
日本が簡単に原発技術を放棄できない背景には、米国の要請もある。
「日米は信頼できる原発の促進で政治的・商業的利益を共有している」
リチャード・アーミテージ元米国務副長官らによる戦略国際問題研究所報告書(12年8月)の一節だ。そこには、今の10倍もの原発建設を検討する中国に、主導権を奪われる警戒心が込められていた。
だが、米国は79年のスリーマイル島の事故以降、原発の新設を凍結。最新の原発技術を失っていった。00年代に地球温暖化対策として原発を見直すが、日本メーカーの技術を頼らざるをえなかった。
(編集委員・大月規義、クライペダ=星野真三雄)
■事故の教訓、共有道半ば(記者は見た)
政府は原発輸出で「原子力の国際貢献」を目指すといいながら、大きな問題を抱える。それは、福島第一原発事故の現実や怖さ、教訓を海外へ伝え切れていないことだ。
日本の大学や研究機関は毎年、アジアから原子力関係の研究者や政府機関の職員を研修生として招き、母国に戻ってからの「原発エリート」を養成している。
茨城県東海村の日本原子力研究開発機構(JAEA)は18年にわたり、母国で原子力の講師になる人材を計228人育てあげた。
今月10日、JAEAで開かれた「放射線基礎教育」のセミナーには、マレーシアやモンゴルなど8カ国から放射線技術を学びに15人が参加した。福島事故後に新設されたセミナーだ。
インドネシア原子力庁から参加したアディプロワ・モスリさん(28)は「新政権はなかなか原発を『イエス』と言ってくれない。母国に帰ったら、原発が有益だと説明したい」と話す。同国は60年間も原発を研究しつづけてきたが、福島の事故で商用炉の建設に慎重になった。東日本大震災のような大規模な津波で、原発事故が起きる可能性があるためだ。
ただ、新設のセミナーも、大衆向けの放射線教育のやり方や、被曝(ひばく)についての基礎知識などにとどまる。第一原発からの汚染水漏れによる漁業制限や、いまも12万人がふるさとに戻れない状況、被曝を不安視する母子らのストレス、九州電力川内原発で浮き彫りになった避難計画作りの難しさ……。それらを直接学ぶ機会は少ない。
「事故後、抜本的に原子力教育を変えた教育機関は大学を含め無い」。日本原子力産業協会の幹部も認める。日本が事故の真実を伝えなければ、世界で事故の風化が起き、安全神話が蔓延(まんえん)する。
(編集委員・大月規義)
◆キーワード
<原発輸出> 原子力協定を結んだ国に原子炉や配管、核物質などを輸出し、原発を建設すること。相手が途上国の場合、運転技術や法整備も支援しなければならず、受注を勝ち取るには、メーカーのほか政府や電力会社の協力が必要になり、フランス、ロシア、韓国、日本などが売り込みを図る。契約を勝ち取ると、鉄道や水道などのインフラ輸出に広がる可能性もあり、日本は東京電力福島第一原発事故後も、成長戦略から原発輸出を外していない。原発の新規導入を検討している国は、アジアや中東など途上国を中心に約20カ国あり、国際原子力機関は、2030年には世界の原発の発電容量が13年比で最高88%増えると予測する。