story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

待っているのに

2023年08月23日 16時57分19秒 | 詩・散文

翔くん、ね、いつ来るの?
もうここで二時間も待っているのに
ラインもこない
「早く来て」って送っても既読もつかない

翔くん、今日はお仕事だって昨日言ってたよね
土曜出勤で、でも半ドンだからと三時に待ち合わせしたんだよね

翔くんの会社からここまで歩いても十分もかからないよ
今、五時四十五分の列車がお客を乗せて発車を待ってる

そっか、汗かいて仕事してるからシャワーでも浴びてから来るのかな
ね、電線のお仕事、大変なのはわかるけど・・
暑い真夏でもいつも電柱に昇っているんだもんね

でも、約束の三時過ぎがもう二時間だよ
三時過ぎにこの駅でって
ちゃんと翔くん、昨日のラインに書いてたじゃない
三時三十九分の列車に乗るんだって言ってたよね

翔くん、前にも何度かこんなことあったよね
あなたはいつも、可愛い顔して謝ってくれるけど
流石に今日はきついよ

早く行っていい場所を取ろうっていってたよね
だのにいい場所どころか、花火が終わってしまうよ

みんな、楽しそうに列車に乗ってるじゃない

ね、翔くん、汗臭くてもいいから早く来て
いやいや、それよりせめてライン寄こしてよ
列車が行ってしまうよ

次の列車はまた一時間後だよ
花火は七時からだよ
ここから列車で三十分、歩いて十分
六時の列車だったらもう無理だよ

いいなぁ、あの子
浴衣着て、彼氏に甘えて
わたしもあんなふうになりたいの

でも翔くん、あなたはいつも、わたしに甘えてくるよね
わたし、あなたのお姉さんじゃないわ
彼女なの、わかる?
女の子が甘えなきゃ
あなたのほうが二つ年上だし
おかしいよ、今の状況

もう、彼氏を代えようか
そうそう、同級生の剛くん
前からずっといいなぁって思ってたのよ
頼りがいありそうだし
野球部の部長なんだし、みんなに信頼されているんだろうね

それに比べて翔くん
二つ上なのに
甘えん坊で、ちょっと頭の良くないところがあって
ちょっと注意するとすぐに切れるんだから
おまけに「俺は帰宅部の部長だった」ってバカじゃないの・・

わたし、剛くんに告ろうかなぁ
わたし自分でも、ちょっとイケてるかもって思うくらいまぁまぁだから
きっと、剛くんに告ったら喜んで受け入れてくれそう
でも剛くん、彼女はいないらしいけどモテそうだもんなぁ
でも彼女いないという事は野球一筋かなぁ
なんか、野球以外は人生じゃないとか言い出したら
わたしがドン引きするかもだし

(駅のアナウンス)
「お待たせしました、十七時四十五分発粟生行き、間もなく発車いたします」
ええ~マジ?
この次の列車なら花火の始まる前に会場に着けないよ
もういいか、ほっといて一人で花火行こうか
うん、そうしよう、せっかくここまでチャリ漕いで来たんだし
花火見たいもん・・・

って、あのカップルや友達連ればかりの列車に一人で乗るのかぁ
知ってる子に出会ったら
「あれ?彩花、ひとりなん?」って絶対訊かれるし
いやだよ・・そんなの
でも家に帰ったら「あれ?彩花、翔くんと花火と行ったのじゃないの?」
って絶対お母さん訊いてくるし

だめ、詰みだわ
人生終わったな・・
翔くん、まだかなぁ、なんか泣けてきちゃった

あ、運転士さんが乗り込んでいくよ
この列車、もう出るよ、翔くん、叫びたくなる

(その時、息を切らせて少年が駅に駆け込んできた)

「ごめん、待たせてごめん」
翔くん・・知らない、拗ねてやる
「ごめん、とにかく乗ろう」
知らないもん、知らないもん、知らないもん
翔くんなんて嫌いなんだもん

********

一両の気動車はゆっくりと始発駅を出ていく
先ほどまでベンチで誰かを待っていた女の子の姿はホームにはなく
花火を見物に行く大勢のお客を乗せた列車は
ディーゼルの排気を上げて去っていく


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 真夏の女性客 | トップ | 機関車磨き »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

詩・散文」カテゴリの最新記事