当たり前のことが、当たり前になされた心温まる光景――。つい先日、名古屋市内を走る市バスの車内で目にした話です。
名古屋でも昼間の市バスの乗客の多くは高齢者です。とりわけ、名古屋市の場合、市内在住の65歳以上の高齢者には市バス・地下鉄、それに第3セクターの鉄道「あおなみ線」などに、いつでも全線無料で乗れる「敬老パス」が年間の負担額1000~5000円で交付される、という全国に誇れる福祉制度があり、高齢者の利用は他都市に比べて多いはずです。他都市の住民から「名古屋の町は高齢者の姿が多い。しかも元気だ」との声を聞きますが、背景には気軽に外出できるこの「敬老パス」制度があると言えるでしょう。
それはともかく、この日も地下鉄駅へ向かう市バスの車内は通院だけでなく、買い物やイベント、図書館、趣味のレッスンなど、老後のエンジョイに出かける高齢者がほとんど。前乗り・後降り車両の前部にある7~8人が座れる優先席と車いす用を兼ねた席は全部埋まり、後部の一般席もほぼ高齢者で埋まっていました。
ある停留所で、杖を手にした高齢の男性が乗ってきました。
すかさず、優先席にいた70歳前後の男性が立ち上がると「杖の客」の肩に手をかけて席へ誘導。自分は一般席へ向かいました。運転席からアナウンスが聞こえます。「ありがとうございます」。
次の停留所で、今度は女性の高齢者。手には杖が見えます。
優先席の70代と思える女性が立ち、入口に近づくと杖の女性の手をとって、ゆっくりと席へ案内しました。再び運転士の「ありがとうございます」のアナウンスが流れました。
やがて終点。最後部の席にいた僕も出口へ向かい始めた時でした。少し前の席で立ち上がった若い男性が振り返り、僕の姿を見ると「お先にどうぞ」の合図。僕も「ありがとう」の言葉を掛けて先にバスを降りました。
「こんなこと当たり前じゃないか」と思われるでしょう。僕も特別のこととは思いません。市バスや地下鉄に乗るたびに見かける光景といってもよく、僕もしばしば一般席の若者から席を譲られていますから。
それでも、地下鉄のホームへ向かいつつ思ったものです。「今日もイイ日だな」。
名古屋の市バス(本文の光景を目撃した路線とは関係ありません)