SHAンパンでもいかが?

「最終楽章 気分はAdagio」
77歳の一人暮らし。

破局の原因

2024-06-02 11:35:00 | 日記

(ヴァンドーム広場の
ショパンの最後の家)



ショパンと
6歳年上の
ジョルジュ・サンドの恋は
1838年から始まりました。

ショパン28歳
サンド34歳でしたが
9年後の1847年の夏に
急速に破局に向かいます。

サンドは
ノアンの館で
ショパンと
デュドヴァン男爵との
2人の子供
(長男モーリスと
長女ソランジュ)と
生活を共にしていました。

母サンドに
甘やかされて育った
長男モーリスは
成長するにしたがい
ショパンを疎んじ
始めました。

一方で母の愛を
兄に独占されたと感じる
長女ソランジュは
母に激しく反発し
ショパンに
まとわりついて
いました。

ショパンも美少女に
惹かれていたふしもあり
ソランジュの
結婚問題を発端に
崩壊に追い込まれて
いきます。

評判の芳しくない
彫刻家クレサンジュと
衝動的に結婚した
ソランジュ。

借金で首のまわらない
彫刻家のクレサンジュは
ある日、ソランジュと
ノアンの館を訪れ
屋敷を抵当に
入れることを要求し
暴れまわったのです。
金槌を振りあげて
モーリスに
打ち下ろそうと
しますが
モーリスは
ピストルを取出し
銃口を彫刻家に
向けました。

ショパンが
パリに滞在中の出来事で
サンドは事の次第を
ショパンに
書き送りますが
ショパンの返事は
クレサンジュを
非難するよりも
ソランジュに対して
もっと母親らしい愛情を
注いで欲しいと
サンドの愛の足りなさを
指摘してしまいました。

この手紙が
サンドを逆上させ
2人の仲は
再び元に戻ることは
なかったのです。

ショパンの
肖像画として
残されている
有名な
ドラクロアの作品は
サンドとショパンの
2人を描いたものでしたが
初めからショパンが
気に食わなかった
モーリスは
破局後、
2人の肖像画を
真っ二つに
切り裂いて
しまいました。



(切り分けられた名画)



サンドとの破局は
ショパンにとっては
衝撃でした。
2年後、39歳で
世を去りましたが
愛用していた手帳には
サンドの髪と
彼女からの手紙が
大切にしまわれて
いました。

ショパンの絶筆の
マズルカOp.68−4

ピアノ ミケランジェリ