この《四段掛け》シリーズ、
続いております。
なぜかと言うと、
その後、同じ方の投稿による質問が続いていて、
そこで、
気がついたことがあるんですね。
それをひとつ述べさせてもらうことは、
非常に大事なことだと、そう思ったんですね。
それは、
この方(S35年生まれ・四緑木星。男性)が、
時間を変えて、同じ問題を占っているわけです。
そして、長時間において、
その問題が解決していないと思われるんです。
この方は、問題解決の依頼を、
ある人にしているということなんですね。
どんな依頼なのか?と興味が湧いてくるのですが、
この方が何度も占断している日時の占機を見ても、
やはり、
結果においても、
内容においても、
同じようなものだなと感じてしまうのです。
数年にわたる占断の時期が変わっても、
結果とか内容に、変わりはないんです。
結局、
この方の考えに、占う時期を変えてみると、
違った占断結果を得られて、
大吉が出てくるんじゃないか?
そういう期待があるのでしょう。
しかし、
結果はそうは変わらないというのは、
この方の本来持っている〈運気〉は、全然変わっていないからですね。
もちろん、
人の本来持っている運気は、変わるもんではありません。
そこに気が付かないで、
人は「運」というものを、
自分の都合の良いようにとらえてしまうんです。
心情的には分かりますけどね。
ですが、その人の本来持っているもの、
たとえば、
家運衰退の運気とか、
中途挫折の運気とか、
また、偏業の運気とか、
癌の運気とか、
そういうものは、
正しい方法に依らない限り、変えることができない。
そういう運気が元になって、
さまざまな人生の問題が生じてきているからなんですね。
今回のこの方の問題にしても、
同様に、
自分自身が持っているところの「運命上の運気」
これを、
仏教では⦅因縁⦆と言っておりますが、
それを転換しない限り、問題の解決はないんです。
だから、
これを転換せよ!と言われるわけです。
その点を、お釈迦様は言っておられるわけです。
私たちの存在を定義するものは、過去世の業からくるのですから、
その業を開放、または消滅させないかぎり、
私たち人間の運命=因縁を変えることも、また不可能なんですね。
そこに気が付くことが、
一番の解決法であり、開運法であるんです。
そこから幸せの一歩は始まるのです。
この四段掛けの秘法は、
幸運をつかむ方法ではありますけれども、
神社にお参りして、
神様がお願いを叶えてくれるというような、
他力信仰ではないと申せしましょう。
言うならば、
存在の実相に基づいた
正しい占断法であると言えるのです。
“不昧因果”という言葉がありますが、
因果の道理に昧くないという意味で、
私たちの人生を幸福に暮らすためには、
正しい因果の道理に則ることが大事だというのです。
その究極の方法を提唱されたのが、
お釈迦様なんだということですね。
その究極の開運法を説かれたものが、
⦅成仏法⦆という方法なんです。
続いております。
なぜかと言うと、
その後、同じ方の投稿による質問が続いていて、
そこで、
気がついたことがあるんですね。
それをひとつ述べさせてもらうことは、
非常に大事なことだと、そう思ったんですね。
それは、
この方(S35年生まれ・四緑木星。男性)が、
時間を変えて、同じ問題を占っているわけです。
そして、長時間において、
その問題が解決していないと思われるんです。
この方は、問題解決の依頼を、
ある人にしているということなんですね。
どんな依頼なのか?と興味が湧いてくるのですが、
この方が何度も占断している日時の占機を見ても、
やはり、
結果においても、
内容においても、
同じようなものだなと感じてしまうのです。
数年にわたる占断の時期が変わっても、
結果とか内容に、変わりはないんです。
結局、
この方の考えに、占う時期を変えてみると、
違った占断結果を得られて、
大吉が出てくるんじゃないか?
そういう期待があるのでしょう。
しかし、
結果はそうは変わらないというのは、
この方の本来持っている〈運気〉は、全然変わっていないからですね。
もちろん、
人の本来持っている運気は、変わるもんではありません。
そこに気が付かないで、
人は「運」というものを、
自分の都合の良いようにとらえてしまうんです。
心情的には分かりますけどね。
ですが、その人の本来持っているもの、
たとえば、
家運衰退の運気とか、
中途挫折の運気とか、
また、偏業の運気とか、
癌の運気とか、
そういうものは、
正しい方法に依らない限り、変えることができない。
そういう運気が元になって、
さまざまな人生の問題が生じてきているからなんですね。
今回のこの方の問題にしても、
同様に、
自分自身が持っているところの「運命上の運気」
これを、
仏教では⦅因縁⦆と言っておりますが、
それを転換しない限り、問題の解決はないんです。
だから、
これを転換せよ!と言われるわけです。
その点を、お釈迦様は言っておられるわけです。
私たちの存在を定義するものは、過去世の業からくるのですから、
その業を開放、または消滅させないかぎり、
私たち人間の運命=因縁を変えることも、また不可能なんですね。
そこに気が付くことが、
一番の解決法であり、開運法であるんです。
そこから幸せの一歩は始まるのです。
この四段掛けの秘法は、
幸運をつかむ方法ではありますけれども、
神社にお参りして、
神様がお願いを叶えてくれるというような、
他力信仰ではないと申せしましょう。
言うならば、
存在の実相に基づいた
正しい占断法であると言えるのです。
“不昧因果”という言葉がありますが、
因果の道理に昧くないという意味で、
私たちの人生を幸福に暮らすためには、
正しい因果の道理に則ることが大事だというのです。
その究極の方法を提唱されたのが、
お釈迦様なんだということですね。
その究極の開運法を説かれたものが、
⦅成仏法⦆という方法なんです。