運命をつかむことから、宗教は生まれて、
そして始まった。
『密教占星術Ⅰ』では、このように説かれている。
「つまり、運命(生命)の原理があって、それが仏教原理となり、
仏教の教理が教学となり、それを比喩やロマンで脚色して作り上げたのが、
仏教経典なのだった。」
「端的に言うならば、本当の運命学とは、仏教の源泉であって、
すべての仏教経典はここから出てきているのである。」
「お経とは、すべて運命学の説く生命原理を敷衍したものなのです。」
昔の聖者たち(古代インドの)は、
この仏教の源泉である運命学を学んで、
次に、運命学の原理に導かれて、仏教の教理にすすみ、
教学を学んで、仏教の経典に及んだのである。
桐山清雄大導師は、そのように説かれている。
長々と、
『密教占星術Ⅰ』の文言を引用させていただいたのは、
『1999年7の月が来る』の中で、
阿含宗開祖は、『三九秘宿用法』の紹介をされているが、
この秘宿法は、
密教占星術そのものであるという確信を持つからでなんです。
桐山靖雄師は、その本の中で、
仏陀も学ばれた運命学は、この密教占星術であると主張されています。
運命学によって、生命論を学ばれて、
それを心ある弟子たちに、ひそかに伝えられてきたというのが、
密教占星術であると言われるのです。
それを、私は密教占星術ならびに、三九秘宿要用の中に見出すのです。
その星の並べられている盤を見て、
私は、運命の星の動きを確かめつつ、
なるほど、運命というものは、こういうように動いていくのだなと
深く感心したのでした。
だから、
運命学は宗教の大本なんだと言われる所以だと、
大いに納得したのでした。
みなさんも、この運命学を学ばれると、
宗教の源流に目が開かれると思います。
すばらしいです!