ギィィィィィ、木戸が閉まる音がした。少女の魂は天井から自分のからだを見おろしていた。半びらきというより裂けているように見える唇・・・・・からだのあちこちに点在している赤紫や青の痣・・・・不自然なかたちでひらかれた脚・・・・血で汚れたふともも・・・・少女の魂は自分のからだから顔を背けた。
少女は電球に体当たりしている茶色い小さな蛾を見ていた。目を閉じるのが怖い。目を閉じて、もう一度開けて、いま見ているものが変わらなかったら、ほんとうに起こったことになってしまう。少女はやっとのことで舌を引き剥がして口のなかの血を舐め取った。なにかでからだを隠したい、でもこのからだに触れたくない、膚という膚にあの男の指紋がついている。
柳美里さんは、好き嫌いがはっきり分かれる作家の一人だと思う。その激しさと一途さゆえに。あとがきで許永中さんが書いていた通り、これは柳さんの「戦争と平和」「女の一生」そして「血族」の物語だ。
戦争中に日本軍が韓国や中国の女性をどう扱ったかも、被害者に自分の魂を重ねるようにして描いている。
上下2巻にわたり圧倒されるほどの激しさと悲しみに満ちた作品だった。