
【できるかどうかはやってみなければわからない】4852
東京大学大学院教授、暦本純一氏の心に響く言葉より…
自分で「無理だ」と諦めなくても、上司や教員に「そんなものできるわけないだろう」と否定されることは多い。
他人の感想は、ネガティブになりがちなものだ。
SNSでは誰にでも気軽に「いいね」を押す人でも、自分が多少なりとも責任を負うことになる問題では、まずリスクを考えて消極的な姿勢になる。
しかし、妄想の段階でそんなことを気にする必要はないだろう。
かつて SF作家 のアーサー・C・クラークはこんなことを言った。
「高名で年配の科学者ができると言うときは正しい。でもできないと言うときはたいてい間違い」
長い経験を積んできた学者ほど新奇なアイデアを否定的に受け止め、「そんなことはできるわけがない」と言いたがる傾向はたしかにあるだろう。
でも、できるかどうかはやってみなければわからない。
「私も昔それを試したことがあるが、うまくいかなかったよ」と言われるかもしれないが、昔と今では背景にある技術の前提条件が違っているかもしれない。
月旅行であれ、脳と脳をつなぐネットワークであれ、それが技術的に難しいことは妄想を抱いた本人もよくわかっている。
その道の専門家になればなるほどそうだ。
子供が無邪気に「月に行きたい!」と言うのと、ロケット技術の専門家がそれを妄想するのとでは、内心で感じているハードルの高さが天と地ほど違う。
だから、プロが妄想を抱くのはなかなか難しい。
どうしても、リアリティのある堅実な道を選びたくなってしまう。
しかし、最初にアイデアを考える段階で妄想を否定してしまったのでは、自分のやりたい面白い研究はできない。
妄想から始めるには、プロ意識を超えることも必要だ。
そこで、私の好きな言葉をひとつ紹介しよう。
ロボット工学やコンピュータビジョ ンの世界的な権威として知られるカーネギーメロン大学の金出武雄さんの言葉だ。
そのまま著書のタイトルにもなっている。
「素人のように発想し、玄人として実行する」
言わんとするところは、説明不要だろう。
発想そのものは素人でもわかるようにシ ンプルに、しかしそれを解決するにはプロにしかできないことをしようという、きわめて簡潔にエンジニアの心得を表現した名言だと思う。
金出さんの発明は山ほどあるが、たしかに「こんなのあったらいいな」という素人でもわかる願望から生まれたように見えるものが多い。
たとえば近年では、自動車の「スマートヘッドライト」がそうだ。
夜道で雨や雪が降ると、ヘッドライトの光が反射して視界が遮られ、運転がしにくい。
金出さんは、「この雨を消せないか」と考えた。
降っている雨を消したいというのだから、素人どころか子供のような発想(というか願望)だ。
しかしそれを実現するには、当たり前だが高度な専門性が求められる。
光を反射させなければ見かけ上は雨粒が「消える」わけだが、そのためにはヘッドライトの光が雨粒を避けて飛ぶようにしなければならない。
ここから先は、むしろ素人のほうが 「そんなの無理でしょ」と言いたくなるだろう。
金出さんたちの研究グループは、それを実現した。
雨粒をセンシングして、そこだけ光が消えるヘッドライトを作ったのだ。
自動車の前方を高速カメラで撮影し、落ちてくる雨粒の位置と軌跡を予測するのがこの技術のポイントだ。
ちなみに金出さんは、コンピュータの顔認識システムに関する論文を世界で最初に書いた人物だ。
「ロボットに目を授けた男」とも呼ばれている。
それを聞けば、このスマートヘッドライトに最先端の高度なテクノロジーが使われたであろうことは素人にも想像がつくだろう。
金出さんの研究チームは、一九九五年という早い段階で、すでにコンピュータによ る自動運転を試みていた。
カメラと三次元センサーで周囲の状況を把握し、障害物を検出して、危険を察知すれば停止する機能を備えていたという。
今では実用化が現実のものになりつつあるが、ご本人へのインタビュー記事によると、当時は他の研究者から「こんな研究に、何の日常性が、何の将来性があるのですか?」と聞かれたそう だ。
やはり、初期の時点では人に理解されにくい「妄想」だったのだろう。
『妄想する頭 思考する手』祥伝社
https://amzn.to/3377co6
金出さんと似たような言葉を、映画界の巨匠・黒澤明監督が残している。
それは…
「悪魔のように細心に! 天使のように大胆に!」
大胆さが求められるのは、どちらかというと「発想」の部分だ。
一方、それを「実行」するには細心さが欠かせない。
それを逆にすると、往々にして「大胆」は「粗雑」、「細心」は「小心」になってしまう。
「小心な発想」は「そんなの無理だろう」という消極性を生むから、大きな妄想は育たない。
一方、「粗雑に実行」したのでは何も具体化せず失敗に終わるだろう。
以上(本書文中より)
行徳哲男師に次のような言葉がある。
「現代人は考えすぎる。
しかし、考えて解決する問題など皆無である。
問題を解決するには行動するしかない。
考えることは行動にブレーキをかける。
考えるから行動しない。行動渋滞が起きる」
「行動しなければ証は何も得られない。禅の教えにもある。『行ずれば証はそのうちにあり。行ぜずして証は得ることなし』と」
同様に、サントリー創業者の鳥井信治郎氏はこう語った。
「やってみなはれ。やらなわからしまへんで」
どんなに高名な人が「私も何度も試しているけどできなかった。だから、それは無理だ」と言ったとしても、それは「やってみなければわからない」。
なぜなら、時代は刻一刻と変わっているからだ。
一瞬一瞬、進歩している。
「できるかどうかはやってみなければわからない」という言葉を胸に刻みたい。
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東京大学大学院教授、暦本純一氏の心に響く言葉より…
自分で「無理だ」と諦めなくても、上司や教員に「そんなものできるわけないだろう」と否定されることは多い。
他人の感想は、ネガティブになりがちなものだ。
SNSでは誰にでも気軽に「いいね」を押す人でも、自分が多少なりとも責任を負うことになる問題では、まずリスクを考えて消極的な姿勢になる。
しかし、妄想の段階でそんなことを気にする必要はないだろう。
かつて SF作家 のアーサー・C・クラークはこんなことを言った。
「高名で年配の科学者ができると言うときは正しい。でもできないと言うときはたいてい間違い」
長い経験を積んできた学者ほど新奇なアイデアを否定的に受け止め、「そんなことはできるわけがない」と言いたがる傾向はたしかにあるだろう。
でも、できるかどうかはやってみなければわからない。
「私も昔それを試したことがあるが、うまくいかなかったよ」と言われるかもしれないが、昔と今では背景にある技術の前提条件が違っているかもしれない。
月旅行であれ、脳と脳をつなぐネットワークであれ、それが技術的に難しいことは妄想を抱いた本人もよくわかっている。
その道の専門家になればなるほどそうだ。
子供が無邪気に「月に行きたい!」と言うのと、ロケット技術の専門家がそれを妄想するのとでは、内心で感じているハードルの高さが天と地ほど違う。
だから、プロが妄想を抱くのはなかなか難しい。
どうしても、リアリティのある堅実な道を選びたくなってしまう。
しかし、最初にアイデアを考える段階で妄想を否定してしまったのでは、自分のやりたい面白い研究はできない。
妄想から始めるには、プロ意識を超えることも必要だ。
そこで、私の好きな言葉をひとつ紹介しよう。
ロボット工学やコンピュータビジョ ンの世界的な権威として知られるカーネギーメロン大学の金出武雄さんの言葉だ。
そのまま著書のタイトルにもなっている。
「素人のように発想し、玄人として実行する」
言わんとするところは、説明不要だろう。
発想そのものは素人でもわかるようにシ ンプルに、しかしそれを解決するにはプロにしかできないことをしようという、きわめて簡潔にエンジニアの心得を表現した名言だと思う。
金出さんの発明は山ほどあるが、たしかに「こんなのあったらいいな」という素人でもわかる願望から生まれたように見えるものが多い。
たとえば近年では、自動車の「スマートヘッドライト」がそうだ。
夜道で雨や雪が降ると、ヘッドライトの光が反射して視界が遮られ、運転がしにくい。
金出さんは、「この雨を消せないか」と考えた。
降っている雨を消したいというのだから、素人どころか子供のような発想(というか願望)だ。
しかしそれを実現するには、当たり前だが高度な専門性が求められる。
光を反射させなければ見かけ上は雨粒が「消える」わけだが、そのためにはヘッドライトの光が雨粒を避けて飛ぶようにしなければならない。
ここから先は、むしろ素人のほうが 「そんなの無理でしょ」と言いたくなるだろう。
金出さんたちの研究グループは、それを実現した。
雨粒をセンシングして、そこだけ光が消えるヘッドライトを作ったのだ。
自動車の前方を高速カメラで撮影し、落ちてくる雨粒の位置と軌跡を予測するのがこの技術のポイントだ。
ちなみに金出さんは、コンピュータの顔認識システムに関する論文を世界で最初に書いた人物だ。
「ロボットに目を授けた男」とも呼ばれている。
それを聞けば、このスマートヘッドライトに最先端の高度なテクノロジーが使われたであろうことは素人にも想像がつくだろう。
金出さんの研究チームは、一九九五年という早い段階で、すでにコンピュータによ る自動運転を試みていた。
カメラと三次元センサーで周囲の状況を把握し、障害物を検出して、危険を察知すれば停止する機能を備えていたという。
今では実用化が現実のものになりつつあるが、ご本人へのインタビュー記事によると、当時は他の研究者から「こんな研究に、何の日常性が、何の将来性があるのですか?」と聞かれたそう だ。
やはり、初期の時点では人に理解されにくい「妄想」だったのだろう。
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金出さんと似たような言葉を、映画界の巨匠・黒澤明監督が残している。
それは…
「悪魔のように細心に! 天使のように大胆に!」
大胆さが求められるのは、どちらかというと「発想」の部分だ。
一方、それを「実行」するには細心さが欠かせない。
それを逆にすると、往々にして「大胆」は「粗雑」、「細心」は「小心」になってしまう。
「小心な発想」は「そんなの無理だろう」という消極性を生むから、大きな妄想は育たない。
一方、「粗雑に実行」したのでは何も具体化せず失敗に終わるだろう。
以上(本書文中より)
行徳哲男師に次のような言葉がある。
「現代人は考えすぎる。
しかし、考えて解決する問題など皆無である。
問題を解決するには行動するしかない。
考えることは行動にブレーキをかける。
考えるから行動しない。行動渋滞が起きる」
「行動しなければ証は何も得られない。禅の教えにもある。『行ずれば証はそのうちにあり。行ぜずして証は得ることなし』と」
同様に、サントリー創業者の鳥井信治郎氏はこう語った。
「やってみなはれ。やらなわからしまへんで」
どんなに高名な人が「私も何度も試しているけどできなかった。だから、それは無理だ」と言ったとしても、それは「やってみなければわからない」。
なぜなら、時代は刻一刻と変わっているからだ。
一瞬一瞬、進歩している。
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