AI (ええ愛・Atelier Ichien)

ここは、『AI(ええ愛)』のある人たちの自由な空間です。一つ一つの記事に『AI(ええ愛)』が込もっているものばかりです。

サーカスのライオン 「魂が震える話」vol.2121より

2014年01月27日 | 
嬉しい楽しい幸せな役に立つ興味深い話○略して『うたしやきの話』の収集家松本一円さん♪の愛読しているメールマガジンよりお福分けさせていただきます…(^人^)

写真は…一円さん♪のよき友で、ときどき楽しい絵を描いてくれるchieさん♪の『ライオンさん♪』を撮影させていただいたものです☆(^人^)☆

ちょっとよくわっかんないけど、『ライオンさん♪』なんだそうです☆☆☆

ちょっとキラキラ☆サーカスのライオンさん♪っぽいところがシンクロしています☆☆

ありがとう☆ありがとう☆(^人^)☆



--------------

サーカスのライオンは、火の輪をくぐったり、横に倒した樽の上を歩いたりします。


調教師は、上手く出来たらお肉を与え、失敗するとムチを打ちます。


良いときはご褒美、


悪いときはムチ、


これが調教です。


教育と調教はまったく別です。


「教育」という言葉はそもそも明治初期に作られた、比較的新しい日本語なのだそうです。


英語の「Education(エデュケーション)」を訳して、日本語にしたのが「教育」です。


しかし、どうも訳が違っているようで、


エデュケーションの語源はラテン語のエデュカーレ、「引き出す」という意味だそうです。


つまり、「教育」とは本来「能力を引き出す」という“能力開発”“才能開発”のような意味合い。


ところが、現在の日本での学校教育は「物を教える場所」という印象になっています。


アメとムチで動かすのは「調教」


個々の能力を引き出すのが本来の「教育」であり「エデュケーション」


最後に、福沢諭吉さんの言葉をご紹介して終わります。


「学校は人に物を教うる所にあらず、


ただその天資の発達を妨げずしてよくこれを発育するための具なり。


教育の文字ははなはだ穏当ならず、


よろしくこれを発育と称すべきなり。


かくの如く学校の本旨はいわゆる教育にあらずして、


能力の発育にあり。


我が国教育の仕組はまったくこの旨に違えりといわざるをえず」



今日の話が、皆様のお役に立てれば幸いですm(_ _)m


___


今日も最後まで読んで頂きありがとうございます。
心より感謝します。

__________


このメルマガは、

転送、掲載、オッケーですヽ(^◇^*)/

朝礼や、飲み会の席で・・・

友人や家族の会話で・・・

どんどん話しちゃって下さいv(^_^v)♪


下記のアドレスに空メールを送ると登録できるよ~って教えて下さると嬉しいです(^_^)v


00526431s@merumo.ne.jp


ブログやメルマガ、フェイスブック等のネタとして使う場合、以下のような文を入れて頂ければ、断りは要りません (v^-^v)


「この話は、メルマガ”魂が震える話”で紹介されていました。

00526431s@merumo.ne.jp

に空メールを送ると登録できますよ♪」



よろしくお願いします<(_ _)>


__________



「魂が震える話」


発行人:けい


and-kei@hotmail.co.jp


メルマガの解除は、下記のアドレスから出来ます。


http://merumo.ne.jp/00526431.html



配信元:メルモ byGMO
http://merumo.ne.jp/

スマートフォンの方はこちら
http://cgi.merumo.ne.jp/reader/subsc_change.do
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 強い人 100人の1歩より | トップ | 第1172弾 どんな道もOK! »
最新の画像もっと見る