《 空想から科学へ 》 奧菜主義革命~ 革命的奥菜主義者同盟非公然ブログ

奥菜恵さんは、精神と肉体の両方から無駄なものをすべて削ぎ落とし、必死に舞台に立っていた

長谷川等伯『松林図屏風』をもう少し鑑賞しましょうか

2013年01月05日 08時20分58秒 | Weblog
二次元の描写なのに、絵の中の靄と屏風の屈曲を巧みに利用して深みを醸しだし、
松林がどこまでも続く感じを描写している点が、とても見応えあります。







前方の、安倍首相的かなり右よりから見ているのに、
中心の松から両側に遠近感を感じることが出来るというのは、
考えてみれば大変不思議な感じがします。




京都・妙蓮寺さん所蔵の↓この屏風絵が、今のところ最も愛している等伯作品(長谷川派作品)です。


(この画像は妙蓮寺さんで撮影したものではありません)

等伯作というよりは長谷川派の作品と言った方が正確なようですが
この絵を拝観するときに収蔵庫を開けるために立ち会ってくださった妙蓮寺のお方が、
こんな話をしてくださいました。

「上の方に描かれている山並みは、能登の山々だと思います。複雑な想いを残してきた七尾への等伯の郷愁が感じられます。学者さんたちは『等伯作とは言えない』とおっしゃいます。私どもも、一から十まで等伯さんが描いたとは申しませんが、等伯作と言ってもいいくらいに彼の関わりは濃かったのではないかと思います。さらに言えば、この桜の暖かみは、能登の厳冬を知っている人にしか描けないもの、と思わせます」



昨夏、七尾美術館を訪れたとき、七尾湾の向こうに見えた山に「わ~~、あの屏風絵の山が立ってる!」と感じて、あのときのお話が改めて納得できたのでした。



最もこころで理解できた等伯作品。だからいちばん愛しているのです。

もう一つあのとき聴けたおもしろい話を書き記しておきましょう。
「一番手前の杉にだけは葉の中にも桜が描かれていますが、他の杉では周囲に配されてだけなんですよ。実験的に描いてみて、気に入らなくてやめちゃったんですかね。それとも、他の杉にも桜を描くつもりだったのに、何らかの理由で制作を中断してしまったんでしょうかね。そうだとすると、下絵とか未完作品ということになってしまいます。」


まあ、『松林図屏風』も下絵説が根強いわけで、それでも《国宝》なんですから、
そういうことは作品の価値を上下するものではないんでしょう。
郷愁のこもった背景の山並みと、暖かみのある桜花、この絵が大好きです。