うれし涙を見るために・・・芽育学院

みんなの《うれし涙》を見るために・・学院長がソウルする!
 《うれし涙》こうして流す。
  《うれし涙》家族で流す。

人間万事塞翁が馬

2011-02-24 14:24:24 | カズナリ先生より

鼻がむずむずしてどうしようもありません。

人間って強そうに見えて、

0.1ミリくらいの小さな粉に苦しめられてしまいます。


ただ、大多数の人間にとって迷惑なこの花粉も

うまく受粉すれば、スギにとっては子孫繁栄につながるわけで。


今はスギが余っていますが、

ひょっとすると将来的に超砂漠化が起きたときには

「あのときのスギ花粉の大量飛散は良かったなぁ。木があったもんな」

と、懐かしくなり、うらやましいことになるのかもしれません。


現時点では悲惨なんですが。



ま、何か一つのことが、

現時点でうまくいっていたとしても

はたまた、悪い感じに進んでしまったってのも


それが本当に災いであるか、幸福をもたらすかってのは

立場や時間の経過などによって全然違うことになりうるってことなんです。



運命次第の大きな流れには勝てないことは多々ありますが、

自分の強い意志と展望さえ捨てなければ

大きな流れの中にも小さな渦くらいは起こせるものです。


そんな自分の結果や判断をよしとするかは、

自分の人生が終わったときにしかわからないものです。




でも結果や判断をする際に

これで良かったんだ、ここから大きく飛躍してやるとか

どんなことであれ、プラスに考えて、自分の成長に役立つと考えていれば

きっと、後々、自分の人生これでよかった

といえる日がやってくると思います。








どうも


この前ファミマで

俺のエクレアを大人買いしていた

男性を見て

ああ、お前のエクレアか


と思わずつぶやいてしまった


桜井校のカズナリです。







まぁ明日にあることは言わなくても重々承知していることでしょうから


あえてあまり触れません。


といいますか、一番最初のくだりとタイトルにその思いはこめました。




最後の最後まで何が幸福で、何か災いかわからない よ


という中国のお話


「塞翁(さいおう)が馬」


でございます。



興味のある人は辞書を引いてみてくださいね。





と 前半部分が長くなったので


ささーっと流してしまいますが。




何が良くて何が悪いのかというのは

正直解らないものです。


良し悪しの基準ってのも良くわかりません。


テストには点数という形で現れ

満点やそれに近い点、近づけるような点を取るようにすることが

良いことですね。


ただ、頭のえらい人が人間的に満点というか、心優しいやつかというと

そうでもないこともあり、

テストの点はそんなに出なくても、人間的には満点を無条件であげたいやつも

いるわけで

でも、そんな人間的な面を内申を使って点であらわすことに

疑問を覚えてみたり



と、この時期はいろいろと僕自身考えさせられることが多いのです。



社会の中で生きるってことは

常に誰かに評価されることなんで、

受験はその関門といえば、関門なんですが

その試験のために、いろんな芽をつぶしてないだろうか

とふと思ってしまいます。




その点


桜井校や他校舎も


試験前などの講師の授業の声に耳を傾けると

生徒というより、一人の人間を諭すような

雰囲気があります。

人を教えることもそして育てていくことも

授業を通じて伝えるような。



伝わってると思うけど

いろんな雑音に惑わされず

大きく人間として育って欲しいな

と思うこのごろです。



明日、いろいろ心が動くでしょうが

持ち続けた自分の想いってのを大切にして欲しいと思います。




人間万事、塞翁が馬です。




コメント
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