身の程知らずの独り言

音楽的にも文学的にもダメダメな♀が、身の程もわきまえず、好き勝手な戯言(主に、中島みゆきさん)を記しております。

みゆきさんの言葉選び、その23"綺麗事"の裏の裏(「希い」と「とろ」)

2018-05-21 02:54:00 | 中島みゆきさん(言葉選び)
ご無沙汰してます、お元気ですか?

月イチから、あっという間に2週間経ってしまいました。

本当に、時間の感覚が、、、(>_<")

『♪何がやりたかったかなんて今日も置き去りで24時』(「とろ」)

な、日々を送っておりまして、、、。(-_-;)

という、言い訳は置いといて、今回の本題に入ります。f(^_^;

「"綺麗事"の裏の裏」というのが、タイトルでして、その『綺麗事』の意味を調べると
"実情にそぐわない、体裁ばかりを整えた事柄。"
とあります。

『強く願えば叶う』、よく聞く言葉です。

普通に使われていると思います。

特に、『綺麗事』という意識も持っていませんでした。

『♪強く希えば叶うだなんて 子供に嘘はいけませんね』
(「希い(ねがい)」)
を聴くまでは。

「ちょっと社会的な意味のところもあるので。
反感を買うかもしれないという曲ですね」
と、みゆきさんが語られているのも、私のような認識の人間が多いからではないでしょうか?

みゆきさんは、この詞に関して、
「『強く希えば叶うだなんて 子供に嘘はいけませんね』
強く願えば叶うと子供に教えますよね。
そうですか、と大人に訊きたいね。
強い方が叶うんですか。
そうなのね。
それって突き詰めればどういう考えに行くのかなと」
と、仰ってます。

その行きつく先が、1番の

『♪欲にまみれた希いばかりが 先を争って叶ってゆく』
なのかなと思います。

社会的に強い力を持つ者が、強く欲すれば、強引に願いは叶う、それが現実。

叶わない願いに対しては、
"真剣さが足らない"とか、"もっと強く思わなければ"など、願う側の力不足と切り捨てられる。

そして、叶わなかった方も、"自分の思いが不足していたんだ"と我が身を納得させられる。

よく考えると、すごく便利な言葉ですね。

そんな便利で耳障りの良い言葉を真に受けるだけではなく、一度言葉を疑って、その本質を考えなさい、と言われたような気がします。

流されるな!、立ち止まって、考えろ!と。

昔から、その叱咤の声は変わりませんね。

考えて、考えて、感情の奥の奥まで見つめて、そこから出た言葉を臆することなく提示されるのが、みゆきさん。

そういう言葉だから、心に突き刺さるんでしょうね。

と、考えていたら、冒頭でも引用した
「とろ」の
『♪とろ、何とかならないか 考え考え日が暮れる』
が頭を過り(よぎり)ました。

みゆきさんのユーモラスな歌声つきで。

ユーモラスな
『♪考え考え日が暮れる』。

しかし、ユーモラスな歌声とは裏腹に、流されずに立ち止まって考えていると、回りからは
『♪あの人って、あの人って、変わ、、、ってるよね』(「とろ」)
って思われちゃうという、シビアな現実。

瀬尾師匠がラジオで、
「流れに乗れない人たち、
流れから弾き飛ばされてる人たち、
それから、流れに無視されてる人たち、
そういう人たちに、生きてていいんだよ」
と、みゆきさんは歌っていると語られていました。

その流れに乗れない、弾き飛ばされた人が、みゆきさん自身だったんだと思うんです。

改めて、
「とろ」の歌詞を考えてみました。

『♪あの人って、あの人って、変わ、、、ってるよね』(「とろ」)
って、いつ、誰に言われたんでしょうね。

子供の頃?、学生時代?、バイト先?、そして、デビューしてから?

どこでも、似たようなことがあったんだろうなと思います。

特に、デビューしてからは、師匠が聞かされた針ネズミのような回りの評判が、それじゃないかな、と。

"納得できない"、"妥協したくない"、
流されまいとすればするほど、回りと摩擦が起きる。

『♪いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね』
(「ファイト!」)
も、実感として出てきたんだと思うんです。

ただ、楽だとは思ってもできない、したくない、そんな自分自身と、同じようにできない、したくない不器用な人に向けて、
『♪ファイト!』と歌われたんだと。

みゆきさん自身、しんどい生き方をしてきたから、そんな不器用な人間の気持ちがわかるし、寄り添えるんじゃないかなと。

先ほどの続きで、師匠は、
「そこには必ず、自分の存在というものは、必要って言うか。
存在してなきゃダメって、意義があるってのを、必ずどこかで、彼女は言ってるんだと思いますね」
と語られてます。

みゆきさんは、自分にもそう言い聞かせながら、私たちにも歌いかけてきたんじゃないかなと思うんです。

だから、響くんじゃないかな。

と、今さら、あのユーモラスな歌声と裏腹な
「とろ」の奥深さに気づかされたのでした。(-_-;)

陰陽反転させるのは、みゆきさんの得意技なのに、深く考えてなかった自分が恥ずかしい、、、(>_<")

話が若干逸れましたが、反転というか、裏の話に戻ります。

はじめに、「希い(ねがい)」を聴いて、
『強く願えば叶う』が、"綺麗事"だと意識したということを書きました。

『強く願えば叶う』という言葉の裏側を考えさせられたからです。

でも、「希い(ねがい)」は、もっと凄い言葉が出てきますよね。

『♪希いよ届け あの人の希い
私のすべての未来と引き替えに ただひとつ』

ラストだけを聴くと、これこそが"綺麗事"に聴こえる気がします。

しかし、フルコーラスを聴くと、素直に感動できるんですね。

それは何故なのかを考えて、出た答えが、タイトルの
「"綺麗事"の裏の裏」
だったんです。

"綺麗事"って、胡散臭い言葉として使われますし、ここまでそういう風に書いてきました。

でも、突き詰めて考えると、理想でもあると思うんです。

『希いが叶う』のは、理想ですよね。

そこに、『強く』とか変に条件を付けるから、胡散臭くなるだけで。

その胡散臭さを一旦、暴いてるから、説得力があるような気がするんです。

それも、"みんなの希い"という漠然とした理想論ではなく、
『あの人の希い』であり、『ただひとつ』なんです。

それが、誰の希いかはわかりません。

でも、『つましい』けど『切なる』SOSだとわかります。

決して、欲にまみれた希いではない。

「とろ」のように、流れに乗れずにもがいている人のSOSならば、一緒に
『♪希いよ届け』
と、歌い、願いたくなる。

だから、初めて聴いた時から心に響いたんだなあ、と思ったんです。

何か、屁理屈を並べたてた気もしますが、いつもの妄想ですのでお許しくださいませ。

ただの妄想なら、もっとチャッチャと書けばいいようなものなのですが、色んなモノを盛り込もうとして、収集がつかなくなって、何回か書き直してるうちに時間ばかりが経ってしまいました。(^^;

これも、
『♪考え考え日が暮れる』
だと思っていただければ、ってダメですかね、、、f(^_^;

無駄口は、ここまでにして。

お読みいただいて、本当にありがとうございます。(^^)

では、また。(^-^)
コメント (4)
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