今から92年も前の昭和4年(1929年)に完成したこの跨線橋。
現在の所有者であるJR東日本は年間に3500万円掛かる維持費が経営を圧迫してる事から地元の三鷹市への譲渡を打診したが、三鷹市も財政難を理由にその話を断ってしまった。










あの太宰治が好んで訪れていた事でも有名だし、車両センターに隣接してるので電車好きには堪らないスポット。
そして、近隣の幼稚園児の散歩のコースにもなっているんだよね。
JR東日本、企業努力で何とか残してくれよ…。
という事で、いつ撤去作業が始まるかも知れないので、酷暑の定休日(昨日ですね)に三鷹へ行ってきた。

北口から歩く事、10分。
奥の方に見えてきた。
ずっと中央線沿線に暮らしているので、もう数え切れないほどこの跨線橋の下を電車で潜っているが、実際に訪れるのは初めて。


先ずは北側西方向の階段へ。
おー、こうなっているのか。


広角にしても南側の端まで見えない。


真下も体験。
全長は93mとのこと。


最寄りのバス停は『跨線橋前』。


では、ドキドキする気持ちを抑えて階段を上ってみよう。

コンクリートだけど、やはりかなり年代を感じる。
いや、グラグラしてるなんて事はないけどね。


南側へ真っ直ぐ伸びている。
この日は親子が1組だけ。
お母さん、しきりにスマホで写真を撮っていた。


車両センターはすぐそこ。


強烈な陽射しと青空。


少しワイドで。


影もアクセントになって楽しい。


車両センターで働く人も。
暑いなか、ご苦労様です。


93m歩いて南側東方向の階段へ。

南側西方向の階段。
下りに右の端を歩いたが恐怖感が。
すかさず中央に戻るw。

こんな注意書きが。


南側東方向。
太宰治もこの階段を利用したのだね。

記念パネルがあった。

さぁ、酷く暑いし、これ以上は危険なので駅へ戻ろう。
果たしてJR東日本がどのような解答を出すのか、またそれがいつなのか?も不明だが、ひとまず一度来られて良かった。
またチャンスがあれば、今度は日が沈む頃を狙って来よう。
【資料画像】

跨線橋と太宰治。
昭和22年撮影とのこと。
ピーカンの日も良いけど…
【資料画像】


夕暮れ時にはその魅力を増すのです。
遠くに見える富士山のシルエットも素敵だし。
朝日新聞デジタルの記事はこちら。

太宰のような格好良い写真は無理だが、折角なので橋の上で自撮りしておいた。
マスクが邪魔だね。
くれぐれも拡大など無茶はせぬように。