気づきの日々

毎日、何気ない言葉や思いつきに、ふと気づかされる時があります。
そんな日々のことを書いてみることにしました。

探し物

2016-07-12 18:28:17 | 日記

探している時はどんなに探しても見つからないのに、
思ってもいない時に簡単に見つかる(目の前にある)ことがたまにある。

今日、職場でずっと前に紛失した私の「青いタオル」が、戻ってきてた。
油関係の道具拭き用にそれぞれが自分のタオルを持ってきているのだけど
何故か私のタオルは行方不明になることが多い。
多分、やってる途中で次の仕事をやりだして、そのまま置き忘れに気付かずに放置していたからだと思う。

百均で買った三枚セット(青、水色、黄色)のタオルの一つで、
紛失した後に「黄色のタオル」を持ってきていたら、今日青いタオルが他のと一緒に紛れ込んで戻ってた。

キミは、今までどこへ行ってたの?
まるで長い旅をして戻ってきたような、そんな感覚だった。(笑)

青いタオルにも一つのドラマがあって、どこかで何かを見て来ていたのだろう。
もしかしたら、どこかの隅っこに落ちて気付かれずにそのままだったのを
親切な人が見つけて拾ってくれたとか!?

おかえり~!
今までどこにいたの?と聞けないのが、残念だけど。
自分の持ち物とか仕事は、ちゃんと責任を持って
どこかに置き忘れをしないようにしなくちゃ! (;^_^A

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

靴の夢

2016-07-09 11:42:53 | 夢の話

7/4に靴の夢を見た。


Nさん(昔の職場の同僚)の部屋へ前に行ったことがあったみたいで
私がその道を行こうとしていたら「そっちを行ってたんだ」と彼女に言われ
よく考えたら、もっと近道があったのを思い出し
「遠回りしてた?」と聞いたら「うん」と言われた。

近道の方へ変更して歩いていたら、どんどん山道みたいなケモノ道になってきて
ヘビがいるので気を付けて歩くようにしていた。
ふと足元を見たら、自分が靴を履いてなくて素足で歩いていたのに気付いた。
「あれ~? 靴を履いてない…」と言うと、
彼女が「最初から履いてなかったよ」と、変だなと思っていたらしい。

私は素足でこの道は危険だと思って、靴を取りに戻ることにした。
向かっていたのは学校みたいで、このまま靴を取りに戻ったら遅刻するから
学校へは行けなくなるけど、足をヘビに噛まれたくなかったので
戻って靴を取りに行こうとしていた。

 

ずっとこの夢の事が気になっていたけど、よく解らないでいた。
やっと、そういう事でもあったのかなと別の解釈が出来た。

もしかしたら、私は過去(世)でヘビに足を噛まれたことがあったのかもしれない。
だからこそ、もうヘビに足を噛まれたくないと強く思っていて
靴を履けば危険な状態から回避出来ると思っていた。
素足で危険な道を歩く事の方が怖くて先へ進めなかった。

でも過去へ取りに戻っても、見つけることは出来ないよね。
「気持ちが後ろを向く」という意味をなんとなく理解できた。
素足でも、ちゃんと足元を見て歩けばヘビが近くにいることに気付けるし
この先で新しい自分の靴を得ることだって可能だ。

そういう自分の「怖がっているもの」の正体を見た気がした。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

思い込み

2016-07-03 12:52:07 | 日記

職場は人との関わりが多くて、いろんな事で学べるなと思った。
体はキツイけど仕事を始めて良かったと思える点でもあり
ずっと実家の父を介護(見守りで行き来する)だけの生活では、
こうゆうことは起こらないからなーと思っていた。

でも違った。
昨日、それを実感した。

実家へ行くと、父のやりっぱなしの形跡が至る所にあって
それが何故起きているのか?というのを推理して、今の父の現状を把握していた。

父が放置している問題点をあげると
・風呂場でお湯の沸かし方が解らずにシャワーを直接湯船に入れて湯を貯め、そのまま放置する。
・トイレで用を足して、そのまま水を流さずに放置。
・ガスレンジの火を付けたまま放置。
・湯沸かし器のお湯を出したまま放置。

ガスは放置すると時間で強制的に止まるようになっているので、火事の心配はない。
だから実家に行くとまず最初に、上記の放置箇所を確認して回るのだけど
昨日も風呂場のシャワーヘッドが湯船の中に入れっぱなしで、一杯にお湯がたまっていた。
お湯の温度が低くなっているので、沸かしたのは前日かもしれない。

台所へ行くと、テーブルにコーヒーの粉を入れっぱなしのカップが3つ放置してあった。
粉は3つとっも固まっていたので、入れてから随分と時間がたっている。
ガスレンジを見たら、レンジのダイヤルを回したまま(火をつけた形跡)になっていた。
隣でやかんの湯を沸かそうと回したら火がつかない!
さっきの風呂場のシャワーシーンが思い出された。
というのも、これと同じ状況が前にもあったから。

熊本地震が起きた翌日に実家へ行った時、同じようにガスがつかなくて
元栓を確認しても、湯沸かし器を押しても、ダメだった。
ガスメーターを確認したらエラー?か何かの表示があったので
地震で自動的に止まるようになっているのかなと思ってガス会社に電話したら
長時間ガスを使っていたので自動的に止まったエラーだと言われた。
対処方法を教えてもらって復旧ボタンを押して正常に戻った。

先日、私が台所で湯沸かし器を使って洗い物をしていた時の事。
水圧の変な音(大きな音)がしだして、水道管が急に大きく揺れだした。
ガスメーターも大きな音がしていたので風呂場を確認したら
父が風呂場で同じようにシャワーを湯船に入れて沸かしていて
そのまま外で雑草取りをしていた。
シャワーが台所と同じように音を立てて湯船の中で跳ねながら動いていたので
止めて元に戻したら、音も消えた。
あー、これが原因なのかとその時思った。

だから、今回もきっと同じだと思った。
それでお湯を沸かせずに、コーヒーの粉を入れたままのカップが3つも放置してあったのかと納得した。
ガスメーターを確認したら何も表示がなくて、リコールの所にマークが出ていたので電話すると
土曜だから事務所に担当者がいなくて、30分くらいでそちらへ行くとの事。
来てもらったら「何もエラーは起きてなくて正常です」と言われた。(*_*;

「え?でもガスレンジが付かないけど…」と言ったら「元栓が閉まっているのでは?」と言われ
確認したら元栓が閉まったままだった。(;^_^A
今までずっと父は元栓を閉めたことがなくいつも開いた状態だったし、
左のガスレンジはダイヤルを回したままだったので
元栓ではないと思い込んで確認せずに、前回の地震の後と同じ状況に
また父が長時間ガスをつけっぱなしでガスが自動的に止まったんだと思い込んでた。
その時も湯沸かし器を付けてみようかと思ったけど、多分ダメだろうと確認しなかった。
元栓も考えたけど、上記の思い込みで確認しなかった。

前回(これまで)と同じだろうという私の思い込み。
それが今回の騒動の直接の原因だった。
その為に、ガス会社の方にお手間(余計な時間)をとらせてしまった。
「父がボケているから」じゃない。
私の思い込みが作った問題だった。
ちょっと確認したらすぐに解決する問題も、思い込みが事を大きくしていた。

後でよーく考えたら、答えは一つではないと解った。
私はいつも「一つの答え」しか思い浮かばなくて、それは過去の体験から来たもので
過去の嫌な体験は避けたいという方にばかり頭が行って
それでそちらの思い込みが強くなり、別の見方が出来ずにいた。

前にやっていたから、今回も同じだろうという思い込み。
それは楽観ではなく、悲観の時に起きる。
ボケは治らなくて、このまま段々と酷くなっていくという思い込み。
考えが悲観の方にばかり行って、それを避けたいという心があった。

でも、父は自分で元栓を閉めていたんだ。
もうそれは出来ないと思い込んでいたけど、時々思いだしたようにやる時があって
洗濯の時の水栓レバーも同じだった。
ちゃんと明るい未来が起きてて、それを私の心が見れなかっただけだった。

問題は自分の方にあるんだなと、今回の事で解った。
暗い未来ばかり見ていると、周りの人に余計な手間を取らせてしまう。
そういう事なんだなーと理解した。

実家通いも、ちゃんと学びになっているんだなと思った。
人と関わることで、自分の姿(心)が見えて来る。
だから、人と人は触れ合うのかな。
自分一人の世界では、そういう自分の姿は見えてこないもの。

自立とは、全部一人で完結するということではないんだね。
人と関わって、その中で依存せずに
自分で自分をちゃんと見れるかという事なのかもしれない。
人を通して見えてくる自分の姿。
だから人と人は、存在しているだけでも意義は深いなと思った。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする