知念岬の海岸で波音と鳥のさえずりが心地よかったので携帯で撮影しました。
でも、音が小さくて再生したらあまり聞こえてませんでした。(^^;
テレビ番組のサラメシで、タクシー運転手さんに美味しいランチを紹介してとお願いしたら
自分は家に帰って食べるからと自宅へ案内していた。
ご主人が家の近くに来たら「2回コール」をして、
その音で奥さんは配膳を準備し、帰るとすぐに食べれる状態になっていた。
奥さんの愛情だね。
そして「2回コール」は、「もうすぐ帰るよ♪」というご主人の愛情だった。
私も昔、帰郷して東京の自宅に戻ると
実家に「2回コール」をして「無事に着いたよ!」を知らせていた。
私の場合は「帰ったよ♪」の合図だった。
そうかぁ、「2回コール」は、「I'm home.」「I'm coming home.」なのかぁ。^^
電話を掛けた人がホームに向かって近づいている状態。
「おかえり」という言葉が、そばにあるね。
聞こえなくても感じられる。
「2回コール」は愛情のメッセージなんだね。^^
旅行中に友人と会った時、大きなキャリーバッグを持ってて驚いた。
一泊だと思っていたけど、このあと娘さんの家にも泊まる予定らしい。
それにしても同じ新潟県からの移動だしなぁ。
きっと母親の愛情で娘さんへのお土産とかがたくさん入っているんだろうなと思ったら
ホテルで中を見せてくれて、またまた驚いた。
大きなバックの中身は、隙間だらけだった。( ゜д゜ )
手に持ったら物凄く軽かった!
次は別の友人と沖縄へ旅行する予定なのだけど
またバッグの荷物の話題になり
友人は着のみ着のままで行こうかなと言ってた。
先日旅行にいいかなと折りたたみ出来るバッグを一緒に買ったが
それでも大きいから、もっと小さいバッグにするつもりだと言ってた。
( ゜д゜ )
あー、そうか。
見せられているなと思った。
新潟に行くときに悩んだのがバッグだった。
あれもこれもと詰め込んだ荷物は結構な重さとなり
時間がないから機内持ち込みできる重さにしないと上げられないと思った。
それで外側が軽いショッピング用のカートに入れ替えて、
必要になったら現地で買えばいいからと必要最小限(自分なりの)に減らして
どうにか持ち上げられる重さで出かけた。
外側を小さくしたから出かける状態からパンパンだった。
旅行中、新潟だから寒いだろうと思ってそのつもりで持ってきた服は
気候の変化であまり使わなくて、逆に半袖を買ったりしてた。
「旅行中にユニクロで買い物」は、私の旅行で習慣化していて
それで大分荷物を減らすことが出来るようになったのだけど
それでも着ない服とかが必ずあって、もっと考えて荷造りしないとなーと思っていた。
今回の旅行でも、持っていったけど結局使わなかったなというのがいくつかあって
これは経験からしか応用出来ないので、何度も重くて大変な思いを経験して
あんな思いを繰り返すのはもう嫌だからと、軽くしていくものなんだろうな。
それで軽くするために、外側の容量を小さくしていったけど
行く前からパンパン状態は危ないなと反省した。
外側が柔らかすぎたので途中で敗れたら中のものが出てしまって
大変な状態になるなと思った。
それで旅行後に小さいながらも丈夫で軽い布製のキャリーバッグを別に購入した。
すると防犯用のブザーが付いたまま渡されていた。
自宅で気付かずに切断し、騒音が止まなくて大変な思いをしたけど
後で解った。
気付きの警報がなったんだ。
そうじゃない、視点が逆だって。
そう言えば、私はいつもパンパン状態にしているなと気付いた。
タンスの引き出しも、整理出来なくてパンパン状態。
増やすけど減らさない。
だからパンパンになって、着たい時にシワで着れなくて
タンスの肥やし状態になるパターン。
そこを見直さなきゃいけないなーと思った。
自分の中で「何が必要で、何が必要でないか」をちゃんと判断出来るようにならなきゃ!
目の前のものをそうやって何度も繰り返し判断して整理していくことで
旅行用の荷物もキチンと整理されて、友人のバッグのように必要最小限で出かけられるのだろうな。
パンパン状態だと、何も新しいものが入る余地がないんだよね。
必要ないもので埋もれて、いざという時に使えない。
それを見ているのに、見過ごしてた。
私の性格が、しっかり現れていた!
自分の容量を大きくすることと同じだ。
大きくて頑丈なバッグに小さな荷物だと、入る容量は大きくなるし軽いし壊れない。
ヤワで小さなバックの中にパンパンの荷物だと、他に何も入れられないし容量オーバーで壊れてしまう。
その警報ブザーだった。
自分の中で埋もれた荷物を減らして行かないとなーと思った。(^^;
旅行中に友人と夢の話をしていた。
夢は大事だから、気付いたらメモしていた方がいいよと言って
私がメモするきっかけになった夢を話していた。
2002年に見てた夢で、東京からの引越しで「方位」が気になり調べたら
その方位移動は最凶の時期だと解り気になっていた頃に見た夢。
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原因不明の病気になり、私の身体が動かなくなり、
これからどんどん体の自由が奪われて、
そのうち痛みが酷くなって死を待つだけとなる。
「これが方位の大凶の示す道だったのか?
あー、私は、これで死ぬのか?」と納得するが、
そこで真〇〇の事を思い出し
私を守って下さっているのだからと安心し、何とかなると思いなおす。
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真〇〇は当時別の友人に連れられて入信していた新興宗教。
そこでも「引っ越したら大変な事になるから」と言われてた。
どこを見ても、聞いても「最凶な未来」という現実に恐れおののき
でも自分は引越しをするしか選択肢がなく不安だった。
これまでお世話になったからと今まで行かなかった地元の神社にお礼参りしたとき
おみくじに「信じていれば救われる」みたいな事が書いてあって
そこから神社に傾倒していった。
夢でも現実でも、私はずっと外側に救いを求めていた。
怖いものから自分を守ってくれるものにすがっていた。
その結果、のめり込んでそこ(救ってくれる存在)が善で、
自分に危害を及ぼすのが悪だと思い込んだ。
あれから十何年…(きみまろ風 笑)。
この夢を見せられた自分の姿(本心)に気付いて、やっと理解できた。
方位、方角を中心にしたら、外側が中心になって自分がいないから影響される。
自分を中心に考えていたら、どこにいたって大丈夫なんだということなんだ。
本土の西、日本の西、世界地図の西。
みな違っている。
どこが中心かで西の見方も変わってくる。
相対値か絶対値かの違い。
どれが正しいなんてない。
どれも正しいのだ。その時の見方次第で変わってくるもの。
絶えず変化するもの。
だから相対値なんだ。
相対値だと、相手があるから自分とは関係なく影響される。
でもどれも自分の姿なんだと自分の方を見たら、自分が絶対値となる。
相手に影響されることはない。
だけど自分だけでは決して気付けない。
相手があって初めて自分の姿が見えてくる。
相手がいないと、何も動かないと、何も見えてこない。
だからどんな場所に行こうとも、どんな状況になろうとも
自分次第で悲劇が喜劇に変わるというなんだろうね。
それが解った。