過去のまとめ
DNRもDNARも患者本人の意思表示であり、指示できるのはカナダの場合医師かNPだけ。
カナダでは決められた記入用紙があり、そのコピーもブレスレットも刺青も法的効力はありません。そして正式な用紙の有効期間は一年と限られている。
ACPは国民の意思表示の道具。記入できるのは患者本人で医師やNPの指示ではありません。
ACPを記入したりDNRやDNARを希望することは決して医療から見放されるではありません。
医療者の知識のアップデートができるシステムがない日本。根強い個人責任型の医療界。
シリーズ6日目。
講演の中(私の質問に対する回答の中で)、欧米に追随しDNARのガイドラインを日本にしては早く作成した、と話されました。
ガイドライン、、、、、ガイドラインを作った側の満足感。満足感で他人のプラクティスが変わるのであれば、どこの国も苦労はしません。
ガイドラインがどこにあるのか?実践での活用方法、それを受けて各医療システムの記録用紙や記載方法の変更、そしてそれを使用開始するための教育、、、。とガイドラインを作った後も連鎖的に発生する末端までの変化がスムーズ行われるサポートシステムと教育が必要なんですよ。
各学会で専門性を追求している意味はあります。しかし全ての医療者が全ての専門分野の学会員となるのは不可能です。救急看護師が学会会員になっている割合はどれぐらいでしょうか?全員参加しているとは思えません。それにDNRが起こるシチュエーションは救急室だけではないのです。シリーズ5日目の時に
「救急医療学会から勧告を出したことで、医師の間では理解が進んだが看護師は変わらなかった、と話されていました」
と書きました。この一文を聞いた時、グラフを見ながらその調査の詳細を知りたいと思いました。調査の設定に(研究として)不備があるのは明らかだからです。そして看護師を侮辱している発言とも取れて私は怒りに震えました(公平なチャンスを与えず看護師の理解が進んでいないと断言できますか?!)。
おっと話が横道へ逸れてしまいました。以上のように、勧告を出したことで満足しているようだからいつまで経ってもDNRやDNARの理解は進まないと私は思いました。専門で縦割りになっている日本の医療でもやり方はいろいろあると思います。医師団体と看護団体や教育機関内でのコミュニケーションをスムーズに行えるシステム整備は不可欠です。そして先に書いたように倫理の変化に伴う末端までのプラクティス変化をサポートするシステムも構築しなければなりません。
続く