さあ、久しぶりのシリーズの始まり。Xでフォローしている@Yukashi75124801
のポスト内容についての私の想い。Xへ書いたのは
不思議がいっぱいの日本。現実と法規にギャップがあることをわかっていても変更できない日本の厚い厚い壁。国会に看護師を送り込んでも変わらない。協議会の声は届かない。看護協会は何を考えているのか、わからないことばかり。
しかし、そんな酷い状況の中でも自己研鑽でICNのレベルで働く看護師は多い。支えてくれる法規も金銭的なサポートも組織内の地位がなくても走り続ける。厚い壁を崩すのは看護職が一丸となること。上部だけの言葉と活動で胡座をかいている組織を変えていくのも看護師自身。
でしたが、もっと書きたいことは多くあります。
さあ、みなさんご存知ですか?法律というものは変更する必要性があるときは審議を通して改正できることを。時代は変わりますから現実と不具合の法律は変更が必要なのです。
日本の保助看法が作られたのが1948年。77年前になります。その間にどれぐらいの医療技術の発展があったのでしょうか?
ガラス製の注射器が始まったのが1954年で、使い捨ての注射器が1961年です。滅菌消毒の方法もどんどん変わりましたよね。HIV感染の流行が1980年代ですから、これらのことからも医療の提供の仕方が変わっていった。つまり看護も変わっていったことは容易にわかるはず。
欧米では、医療の変化と看護学の構築と看護職の自律によって看護が変わっていくことを受け、職能団体として法律の改正に取り組んでいきました。
しかし何故か日本は変わらないまま時が過ぎていく。
古いままの法律は保助看法だけではありません。よって看護の話だけではないのですが、私はナースプラクティショナーなので保助看法について書いていきますね。
続く。
冒頭写真: ホテルレイクルイーズはスキー場からよく見える