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少し俳句の話、そして私ごとの話で、最後は仕事の話。
夏井いつきの一句一遊は投句者が多く、1ヶ月半に一度ぐらいのペースで読まれればラッキーなぐらいの人気ラジオ番組。2週間前に読まれたばかりなのに、今週も読まれました!兼題は「柿の花」白から黄緑っぽい小さな花で沢山咲きますが夏頃にばらばらと落ちてくるのも特徴。以下はラジオで読まれた俳句につけたお便り。
沢山の柿の花が落花する現象は受粉していない実らない花の落花、生理的落花と知りました。長年不妊治療を続けた私は治療を辞めてからも閉経まで生理が遅れれば妊娠の可能性に心弾ませ、生理が始まると落胆していました。自然界の摂理といえども子を授かりたいと思っている女性にとって辛いものです。
で読まれた句が
今月も生理迎えて柿の花
幸にも子宝一人には恵まれましたが、もう一人欲しかった私は生理の不調に一喜一憂をしていました。不妊治療も金銭的な負担だけではなく精神的に辛く、継子(ステップ)たちや相方にとってもどれだけ辛かったことか。治療そのものを止めるのにも大決心。その後も性懲りも無く毎月一喜一憂するのですよ(49歳で3人目を自然妊娠した知人がいるので)、望みは捨てきれませんでした。閉経を迎え、妊娠は絶対無理の烙印を押されたようで悲しいはずが、もうあの思いはしなくて良いのかと変なスッキリ感を得ました。
で、私の仕事上、望まない妊娠をする女性や母親になれない、なりたくてもなれない女性などを多く診療します。毎回、妊娠したいと思っているところにはコウノトリはやってこないのに、そうでない人には簡単に訪れる。それだけではなく厄介者扱いする人のところまでにもやってくる。なんと不公平だとため息が出てきます。でも医療者だから自分の思いとか信ずるものを患者へ押し付けない事が倫理というもの。よってどんな背景だろうとも、どんな考えを妊娠に対して抱いていても患者として接しています。
さて、そうは言っても宗教的に堕胎を許せない、性転換医療を避ける医療者だっています。医療者だって人間ですから感情や思い出やいろいろなものを引きずって生きているわけで、必ずしも自分の信念推し着せをしないとも限りません。医療者だから自分の感情を押し殺して患者と接するべき、ではなく、それを知ったうえで、患者が自分の信仰や信念で公平な医療を受けれないと判断するときには、そのケアを他の医療者に委ねる事が倫理とされています。医療者は全能な神でもなく一人間だと認めたうえでのルール。とても実用的だと思います。
この辺り日本はどうですか?
で、ラジオでは組長から「バリバリ仕事してる人だなあという印象をお便りで持ってたんですが、こういう人生を歩んでいたのですねえ、」と言われた私。どこをどうで、そんな印象を持たれたのだろう、、、と不思議に思いました。そんな事書いたっけ???
まさかブログを読んでるとか、Twitterをフォローしているとか、テレビ出演を見たとか、そんなんじゃなくてお便りの中に、、、あ!シンポのハプニングを愚痴った時かもしれないわ。印象って凄い。言葉には気をつけなければ、、、、
夏井いつきの一句一遊は投句者が多く、1ヶ月半に一度ぐらいのペースで読まれればラッキーなぐらいの人気ラジオ番組。2週間前に読まれたばかりなのに、今週も読まれました!兼題は「柿の花」白から黄緑っぽい小さな花で沢山咲きますが夏頃にばらばらと落ちてくるのも特徴。以下はラジオで読まれた俳句につけたお便り。
沢山の柿の花が落花する現象は受粉していない実らない花の落花、生理的落花と知りました。長年不妊治療を続けた私は治療を辞めてからも閉経まで生理が遅れれば妊娠の可能性に心弾ませ、生理が始まると落胆していました。自然界の摂理といえども子を授かりたいと思っている女性にとって辛いものです。
で読まれた句が
今月も生理迎えて柿の花
幸にも子宝一人には恵まれましたが、もう一人欲しかった私は生理の不調に一喜一憂をしていました。不妊治療も金銭的な負担だけではなく精神的に辛く、継子(ステップ)たちや相方にとってもどれだけ辛かったことか。治療そのものを止めるのにも大決心。その後も性懲りも無く毎月一喜一憂するのですよ(49歳で3人目を自然妊娠した知人がいるので)、望みは捨てきれませんでした。閉経を迎え、妊娠は絶対無理の烙印を押されたようで悲しいはずが、もうあの思いはしなくて良いのかと変なスッキリ感を得ました。
で、私の仕事上、望まない妊娠をする女性や母親になれない、なりたくてもなれない女性などを多く診療します。毎回、妊娠したいと思っているところにはコウノトリはやってこないのに、そうでない人には簡単に訪れる。それだけではなく厄介者扱いする人のところまでにもやってくる。なんと不公平だとため息が出てきます。でも医療者だから自分の思いとか信ずるものを患者へ押し付けない事が倫理というもの。よってどんな背景だろうとも、どんな考えを妊娠に対して抱いていても患者として接しています。
さて、そうは言っても宗教的に堕胎を許せない、性転換医療を避ける医療者だっています。医療者だって人間ですから感情や思い出やいろいろなものを引きずって生きているわけで、必ずしも自分の信念推し着せをしないとも限りません。医療者だから自分の感情を押し殺して患者と接するべき、ではなく、それを知ったうえで、患者が自分の信仰や信念で公平な医療を受けれないと判断するときには、そのケアを他の医療者に委ねる事が倫理とされています。医療者は全能な神でもなく一人間だと認めたうえでのルール。とても実用的だと思います。
この辺り日本はどうですか?
で、ラジオでは組長から「バリバリ仕事してる人だなあという印象をお便りで持ってたんですが、こういう人生を歩んでいたのですねえ、」と言われた私。どこをどうで、そんな印象を持たれたのだろう、、、と不思議に思いました。そんな事書いたっけ???
まさかブログを読んでるとか、Twitterをフォローしているとか、テレビ出演を見たとか、そんなんじゃなくてお便りの中に、、、あ!シンポのハプニングを愚痴った時かもしれないわ。印象って凄い。言葉には気をつけなければ、、、、
シンポのハプニングの悪態句(投句したけどボツになった兼題「比良八荒」)
比良八荒抗議電話は鳴り止まぬ
ハリウッドなどでは、新人をどう売り込むかで完全に創り出してパッケージ的に売り込みするのと一緒。ブログやSNSは輝くことしか書かれてないと思って間違いなし。しかし人間誰しもいろんな過去を引きずっているんですーーーーー
そうだったのか、と、人生順風満帆っぽい
イメージを僕も持っていたので驚きました。