machanの万歩計

健康長寿で 元気に楽しく
野越え山越えてくてく歩きたい

茅葺き屋根のある風景

2016-05-29 18:20:53 | 日記
シビックセンターのロビーでの絵画展


作者の方です


懐かしい日本の風景が


今も目に浮かびます


疎開先の第二の故郷によく似た風景


懐かしいく何度も何度も見詰めました


名残を惜しんで帰りました

佛画展

2016-05-29 18:14:27 | 日記
シビックセンターでの佛画展


繊細で緻密な絵


絵画と違う雰囲気の佛画に息の詰まるような神々しさを感じます


仏様
名前は聞いた事があるけど
仏様のおはたらきが飲み込めません


奥が深そうですが
入り口にも辿り着けないmachanでした

雨に歩けば

2016-05-29 18:07:05 | 日記
梅雨を思わせる
雨と気温
ウオーキングをかねて郵便局からSOGOへ


中川健 日本画遺作展へ
優しい姿のポピーの花が優しく迎えてくれました
絶筆となったポピーの花です
マツヨイグサの花も心を惹かれました


明日まで阿波銀プラザでもあるそうです
博物館では6月12日まで
優しい花に逢いに行きたいです

内魚って?

2016-05-29 09:50:47 | 日記
文化センターの裏の電信柱の表示
ホリカワマエは解りますが内魚って理解出来ません


今は線路しか見えませんが


線路に沿って大きな寺島川が流れていました
今は埋め立てられて
東警察署、や以前の市立図書館・青少年センター・文化センター等か建ち並びます


文化センターも老朽化で閉まりました
フェンスには折々の花が目を楽しませてくれます
金銀花って素晴らしい名前ですね

牟岐線はお遍路から

2016-05-29 09:39:00 | 日記
中央公園の汽車ぽっぽの広場にあるトンネルの口の絵
経済効果や景気や戦略にも依るのでしょうが
牟岐線は南へ南へと札所への駅として延びて行った?かな


大正2年4月20日 徳島から中田へ
中田駅から18番恩山寺かな 
なぜか小松島市の中心から離れた中田なんです
後に 中田から小松島港へと新しく線路がのびました

大正5年12月15日 中田から羽ノ浦
途中の赤石駅からは18番恩山寺 立江駅からは19番立江寺へ
羽ノ浦駅からは20番鶴林寺への駅です


昭和11年3月27日 羽ノ浦から桑野へ
21番太龍寺への駅です

昭和12年6月27日 桑野から阿波福井へ
阿波福井駅は22番平等寺への駅です
今も阿波福井から日和佐まで列車に乗るお遍路さんに利用されたいます

昭和14年12月14日 阿波福井から日和佐へ
日和佐駅は 現在も23番薬王寺への駅です

昭和17年7月1日 日和佐から牟岐へ
牟岐駅からは別格4番鯖大師への出発駅です

昭和48年10月1日 牟岐から海部へ
平成4年3月26日 海部から甲浦へ
阿佐海岸鉄道として室戸岬目指して南へ南へと
今は工事も甲浦から先は止まっています


汽車ポッポ広場の前に立つ
昭和40年竣工の藩祖・蜂須賀家政公の像


戦前は家祖・蜂須賀小六正勝公が野太刀と長槍を持っていたので太平洋戦争に出兵しました


阿波藩を日本で5本の指に入るほどに発展させた蜂須賀公と
徳島県の発展を担った汽車ポッポが向き合っています
泡に根付いた文化
ヤドリギも無事に根付いたようです

フェイジョアの道

2016-05-29 08:48:53 | 日記
助任川の親水公園の植え込みに咲く
フェイジョアの花盛り


塀の高さに揃えられ
ず~~~っと隙間なく植えられています


今は美しいけれど上へ横へと大きくなる木
先に植えられたハマボウが大きくなって困ってフェイジョアに?
またまた同じ運命になりそうなフェイジョアです


今は残った数本が
フェイジョアと同じ高さに切り込まれています
平成21年7月22日の開花の写真です
フェイジョアの花が終わるとハマボウの花が咲くでしょう