machaの浅学妄想

今、感じたことや想うことを書いておく。

オートバイはどうやって曲がる

2020-07-07 | Weblog
意識をしなくてもオートバイは曲がるが、なぜ曲がるかはっきりと分かればもっと素早くどんな状況でも安全に曲がることができるはず。

カーブを曲がり切れなくて事故を起こす人が絶えない。最近市内の長い直線のあとの右カーブで死亡事故があった。軽くてスピードの出ないオートバイなら重大な事故は起こしにくいから、初心者は125cc程度から始めたら良い。これでスラロームや8の字やブレーキの練習をして二三年は基本を身に着けるべきだ。年齢を重ねてからカネに余裕ができてバイクを初めても上達しにくい。高校生くらいで身に着けて覚えておくべきだ。だから通学にオートバイは奨励しても良いくらいだ。

無線操縦のオートバイは左に曲げたい時にはハンドルを右に瞬間的に切って車体を左に傾けて、それに引きずられるようにして前輪が左に切れて曲がってゆく。実車のオートバイも同じことができる。逆操舵と言ってコーナーの入り口で逆方向にハンドルを切ると車体がパタッと倒れて横っ飛びに曲がって行く、燕返しの様な曲がり方だ。ただし切りすぎるとカーブの入り口で転倒するからじんわりとハンドルを押す程度が良いらしい。

若いころは燃料タンクを膝で押し付けて曲がるのかと思っていたこともあったが、タンクのないスクーターはどう曲がっているんだと思うと間違いだと気づく。片側のステップに体重を乗せるのかとも考えたが片足立ちでもまっすぐ走るからどうやら違う。今思うのは、シートの片側に体重が移動することでバイクの重心が移動し車体が傾いてハンドルが切れて曲がって行くということ。体重移動のきっかけは頭を進行方向に曲げることによる無意識の体重移動だったり、あえて進行方向の肩を沈める方法もあるし、一見何もしていないように見えて骨盤をちょっと傾けるだけで体重移動をして華麗に曲がって行く達人の曲がり方もある。もちろんサーキットを走る人のように腰を浮かせて左右に移動する方法もあるが体がもたない。ハンドルを切れないように真っすぐにして横に引きずり倒しリーンアウトで曲がる方法もあるがなにが正解かよくわからない。

ツーリングでの最近のお気に入りは体を内側に傾けて曲がるリーンインぎみの曲がり方が気に入っている。

宗教

2020-07-07 | Weblog
高校生のころから宗教と哲学に興味を持っていた。
哲学は学問だが宗教は生活なので、宗教にはより関心があった。

私の基本的考え方はカントだと思うが、西田幾太郎の「善の研究」を読んで日本人の宗教観がしっくりと理解できた。
実存哲学は良く分からないがユングやスウェーデンボルグの神秘的な哲学は分かりやすい。

仏教の研修に申し込んでいた頃に統一教会に出会って紹介者の女性が素晴らしかったので学ぶようになったが、あまり良く分からない。
それでも、大分夢中になって生きる力も沸いて、力の入らなかった大学の勉強も友人からは留年確実だと言われていたが立て直すことができたし、就職試験や資格試験も楽々とクリアできたのはご利益のない宗教のご利益だった。

就職をせずに宗教を専業にしようと思っていたが反対され挫折した。
母の兄が日蓮宗の高僧で自分が高校生のころから仏教のことを教えてもらったり議論をしてきた。
その人を私の説得に頼んだらしく、どういう宗教なんだと言うので統一教会の原理講論という600ページの本を見せたら、一ページ目を開いて読み進めていくうちに手が震えて大きな感銘を受けたようだった。我々には分からないが数十年の僧侶の修行を続けてきて理論的にも最高の悟りを開いた人だからわずか1ページでその価値が分かったのだろう。
伯父は日蓮宗本門流総本山の一つの寺の貫主に加歴されている院号をもつ僧侶となった人。

宗教といえば聞こえは悪いが、人として最も重要な学問のはず。

釈迦の悟り

2020-07-07 | Weblog
お釈迦様が苦行の後、悟られたのは世界は愛と喜びに満ちているということ。

生きることの素晴らしさだ。

だから誰もが幸福に生きるべきなのだ。

それを実現するのが人間の目的である。

自由と平等と豊かな環境と愛に満たされた世界がそこまで来ている。

その前にそれに反対する世界の権力を握るこの世の神「悪魔」の勢力との激しい戦いがあるだろうけど。