獣医師インディ・ヤスの冒険!

家畜伝染病と格闘する獣医師インディ・ヤスさんのブログです。インディ・ヤスさんはロシア・東欧のオタクでもあります。

K美さんと小生の結婚観

2010-01-16 10:09:36 | 日記・エッセイ・コラム

突然であるが、K美さんは美しい人であった。瓜実型な端正な顔立ちに二重まぶたがきれいな目、夏場の薄着から見える色白できめ細かい美しい肌、背は高からず、低からず、少しばかりふくよかで柔らかそうな体。所謂男づきするタイプである。彼女には男性ファンが多く、小生が知っているだけでも小生の同期入所の二人、他にも数人の男性が彼女に交際を申し込んだが、彼女はいずれにも良い返事を出さなかった。

小生はというと、やはり彼女のことが好きであったが、彼女が同じ職場の同僚であり(表向きではあるが当所内規で職場恋愛を避けるようにとしてある。実際には職場結婚は多いが)、加えて彼女は多くの男性から交際を求められるぐらい人気があったため、小生では無理だとあきらめていた。そうしているうち、彼女はある男性と交際を始め、婚約、さらに結婚した。

彼女の結婚後のある日、彼女と退社するのが一緒になった。その時、彼女に結婚のお祝いを述べ、ついでに「本当のことを言うと、僕もあなたのことが好きだったんだ」と笑いながら言った。それに対して彼女は、「あのね、女性は好きな男性に自分を奪ってもらいたいと思っているものなの、どうしてあなたは奪い取りに来てくれなかったの」、そして小生の顔を見つめてひとこと言った「いくじなし」。

小生は、思いもしなかった言葉に茫然として、彼女が去っていくのを見つめた。まるで、乗船すべき船に乗り損ね、チケットを握りしめながら岸壁から遠ざかっていく船を見つめているように。

いつ頃からだろうか。多分、10代半ばからだと思う。好きな女性と結ばれて蕩けるような幸せな結婚生活をする、そんなことは思いも寄らない自分には縁のないこと、自分のそばに好きな女性がいること自体が有りうるべきことではない、と小生は思っていた。小生の思考としては、“お前は大義のために死ぬ”と言われれば素直受け入れられるが、“あなたには幸せな結婚生活が待っている”と言われれば、それ誰のこと?と否定してしまう。“君はUFOに連れ去られる”と言われたほうが、まだ、現実感があった。

ただ、これまで一度だけ、高校生の時、大好きな女性と交際したことがあったが、小生があまりにも愚かであったためその女性は去って行った。そして、それ以前もそれ以後も好きな女性と交際したことはない。

では、小生にとって結婚とは如何なるものか。小生も30歳代の始めに一度結婚というものをしたことがある。その女性とは知人の紹介で知り合ったが、正直に言うと小生の好みのタイプとはかけ離れていた。そのため、1回お会いしただけで終わると思ったが、相手からは是非もう少しあってほしいと言われた。気が乗らないのに相手と会ったのは失敗であった。2,3回しか会っていないのに先方の親御さんに紹介され、あれよ、あれよと言う間に結婚式の日取りまで決まってしまった。

まあ、これも仕方ないかと諦めて結婚したが、1年半で離婚するはめになった。何故あんな結婚をしてしまったのだろう、何故最初にきちっと断らなかっただろう、未だに悔やまれてならない。“好きな女性と結婚できるわけでないし、相手とそのご家族が喜ぶのならそれで良いか”といういい加減な気持ちが、結果として不幸を招いたのだと思う。幸いにして子供はいなかった。

 また結婚したいかと尋ねられれば、もちろんYESである。でも、好きな女性と結婚をしたいかと尋ねられれば、“そうありたいが、それは無理だと思う”というのが答えである。でも、前のような結婚は二度としたくない。ならば、どうする。答えは、意地と心意気を示す結婚である。大好きな女性とは恐らく御縁ない、しかし、好きになれない女性には意地も心意気も出て来ない。小生を認めて、そして必要としてくれる相手を守ること、これが意地と心意気を示す結婚で、今の小生に唯一許される結婚だと思う。


今日、懐かしい声が聞けてとても幸せでした。

2010-01-15 22:40:57 | 日記・エッセイ・コラム

 今日の会議中、部下のF君から内線が入り「主任にお客さんです、替わります」と言ってきた。受話器の向こうから聞こえてきたのは、なんと、なんと、K美さんの声。

 学校を出て今の企業でずーと働いてきた小生が最初に配属された職場での同僚だったK美さん。美人で気立てが良くて誰からも好かれたK美さんである。小生より2歳下の彼女が結婚し、妊娠出産を機に退職し、その後は年賀状のやり取りはあったものの、彼女の声を直接聞いたのは22年ぶりである。最初、今の名字を言われて迂闊にも気がつかず、結婚前の旧姓を言われて解った。いつもながら自分の鈍さに呆れてしまう。

 昨年の4月の発令で今の職場に異動になったが、そのことを今年の彼女への年賀状に書いた。実は、彼女のお嬢さんが結婚してこの職場に近くに住んでおり、お嬢さんのところを訪ねたら急に小生に会いたくなって来られたのである。小生の勤務する企業では、旧知の人が訪ねて来ることがよくあり、その場合、かなり融通をつけてくれる。他社から見ればおかしいと思うかもしれないが、それで業務に大きな支障が出るわけでもなく、当所の良き習慣と思っている。そのことを彼女も知っていて訪ねてくれたのである。

ただ、残念ながら、その時は外部の人間も加わっての会議であり、その主催者であった小生は、さすがに会議を中断して彼女と会うことはできなかった。しかし、内線で彼女と少しばかり話ができた。聞けば、お嬢さんもご一緒とのこと。「娘が車で連れて来てくれたたんです。いつも私の話に出てくるあなたにぜひ会ってみたいからですって。でも、今日突然押し掛けてすみません。また、来ます。その時は前もってご連絡します。いいでしょう」と彼女、「もちろんです。是非また来て下さい。その時は、大いにお話をしましょう」と小生、それで内線の受話器を置いた。

すこし興奮して気が静まらなかったが、仕事に戻った。K美さんが小生を訪ねてくれた。そして、今でも小生のことを気遣ってくれている。何か、胸に温かいものが湧いてくる感じがした。今年は、何か良いことが起こるかも!

 


ウクライナの大統領選挙の選挙戦も終盤です。

2010-01-13 17:09:12 | 国際・政治

  今月17日に実施予定のウクライナ大統領選挙の選挙戦も終盤に入りました。インターネットによる情報では、18人の立候補者のうち、現在のところトップを走るのは地域党党首のビクトル・ヤヌコービッチ元首相、それを追うのがユリア・ティモシェンコ首相、その他候補者はこの二人に大きく水をあけられています。特に、ビクトル・ユーシェンコ現大統領は、支持率も4%弱で今回の選挙では殆ど絶望的です。第1回目の選挙では、50%以上の得票率を取る候補はおらず、2回目でヤヌコービッチ元首相とティモシェンコ首相の決選投票が行われると予想されています。
 一方、今回の大統領選挙に対して、ウクライナ国民は白けきっているとの報道もあります。5年前の選挙では、親欧米派(NATOEUへの参加を目指す政治勢力)が混乱の中で勝利し、欧米の報道メディアからはオレンジ革命と持てはやされました。しかし、ユーシェンコ大統領やティモシェンコ首相ら親欧米派(オレンジ派)政権は、結果的にはNATOにもEUにも参加できず、一方でロシアとの関係悪化のため、国際市場に比べてかなり安い価格でロシアが供給していた天然ガスの料金を引き上げられることになりました。 さらに、一昨年に起こったリーマンショックによる経済悪化が追い打ちかけ、欧米からの投資が急速に引き上げられたためオレンジ政権下でのウクライナの経済は疲弊しきっています。現在、一般国民の賃金は下がり、しかし物価は上がり、都市部で失業者は増加し、治安は悪化する一方です。
 多くのウクライナ国民が「誰が大統領になっても同じだ、もう誰も信用できない」、そんな気持ちに陥っています。一部の国民は、インターネットで自分の投票権を売りに出しているという報道もあります。
 以上は、遠い遠い他国のお話で、日本には関係ないと思われるかもしれません。しかし、ウクライナが混乱して弱体化すると、相対的にロシアの政治力が強くなります。その結果、ロシアはその近隣諸国に強い態度を示し始め、特に、日本には強気になってきます。間違いなく北方領土問題の解決は困難となり、日本が北方領土を取り戻すことは殆ど不可能になるでしょう。一方で、石油や天然ガスが豊富なロシアはそれを手段に今以上に圧力外交を仕掛けて来ると思われます。
 大半の日本人にはウクライナは遠い国で関心が持てないということを小生も理解しますが、その無関心さが結果的にロシアから見て日本を扱いやすい国にしているのです。 

 


ビクトリアへ

2010-01-13 00:16:12 | 恋愛

 

ビクトリア、君と巡り合えて本当に良かった。早く、君と君の娘のサーシャに会いたい。そして、僕と君たち二人、一緒になってこれから生きて行こう。どうか、僕に君たち二人を守らせてほしい。

 

18歳の時、僕には心から好きだった、愛していた女性がいた。しかし、その時の僕はあまりにも愚かだった。その人の優しさに甘えることしかしなかった。彼女を喜ばせることを何一つしなかった。彼女はあんなにも僕に誠実で優しかったのに。

僕は大変な卑劣漢だった。僕一人が助かろうとしてその人を見捨てた。あまりにも身勝手で、あまりにも卑怯で、あまりにも卑劣な方法で!そう、その時の僕は、大変な愚か者、見下げ果てた卑怯者で、つばを吐きつけたくなるような卑劣な男だった。どうしてあんなに大馬鹿者であったのであろう。もし、許しを請えるものなら土下座してでも彼女に許しを請いたい。仮に、彼女の許しが得られなくても。

 僕は、18歳のあの時、彼女の心をひどく傷つけた。それでも彼女は僕に優しかった。それなのに僕は彼女の優しさに甘え、さらに彼女の心を傷つけた。とうとう、彼女は僕を見限って去って行った。僕は、その時、初めて気がついた。彼女がどんなに僕に優しかったか、そして僕がどんなに彼女を愛し、僕にとって彼女が掛け替えのない女性であったか。

 あれから彼女はとても立派男性を巡り会い、結ばれ、そして幸せな家庭を築いた。一方、僕と言えば相変わらずこの体たらくだ。もう50歳を過ぎたというのに。当然だ。18歳の時に卑怯で卑劣で身勝手だった男には相応しい。

 

でも、ビクトリア、今、僕もやっと君に巡り会えた。18歳の時にできなかったこと、そう、全てを犠牲にしても愛する女性を守ることを僕にもさせてほしい。僕は、ダメな男だが、でも君とサーシャを守ることは僕にでもできる。ぜひ僕に君とサーシャを守らせて下さい。そして、18歳の時に出せなかった男の心意気を今度こそ見せたいのです。


日本航空が大変なことになってしまいました。

2010-01-12 21:39:31 | うんちく・小ネタ

日本航空(JAL)の現役社員、OB共に年金の減額に応ずる同意をしたそうです。

JALといえば航空業界のみならず日本を代表する花形企業だったのに、現在の経営難が小生には信じられない、又は信じたくない気がします。

 小生が初めて飛行機に乗ったのは遅く就職した1983年です。大学は地方大学、就職した企業も地方の企業であったため、飛行機に乗る機会がありませんでした。初めて乗った航空会社は全日空(ANA)、次に今はない日本エアシステム(JAS)、そして3番目がJALです。何故JALが3番目かというと、小生が住むところの空港は、1983年当時ANAとJASしか来ておらず、利用客が増加した頃にJALも路線を設けたからです。

 JALに初めて乗った時は、スチュワーデス(当時は客室乗務員をアシスタントパーサーと言っていたようですが、ここではスチュワーデスを使います)が美しい人ばかりだったので感激したことを覚えています。ANAやJASのスチュワーデスがそうではなかったという意味ではありません。いずれの航空会社のスチュワーデスも容姿が美しく、知性や教養も高い女性ばかりだったとは思うのですが、JALについては一ランク上と感じました。何故そう思ったのか、はっきりとは解りませんが、恐らくは日本を代表する企業で日本を代表する翼のJALに対する憧れではなかったか、と思うのです。そんな美しいスチュワーデスを見て、また、自分と比較して思わずため息をついてしました。そんなJALが、今、経営難で苦しんでいるのです。

 2か月前、東京に出張にした時JALを利用しました。帰りの便では新聞をお借りし搭乗席で読むことにしました。運悪くその新聞の1面がJALの記事で、しかも、いつも癖で見出しを声に出して読んでしまいました。「なになに、JAL赤字6千数百億円、社長退任か」、その瞬間、ハッとして顔を上げると、一人のスチュワーデスの方の困惑したお顔が目に入りました。思わず、「頑張りましょう。私も応援しますから」とおこがましいことを言ってしまいました。その時、かつて高値の花と思っていたJALのスチュワーデスさんが、自分と大変近い存在になった気がしました。