突然であるが、K美さんは美しい人であった。瓜実型な端正な顔立ちに二重まぶたがきれいな目、夏場の薄着から見える色白できめ細かい美しい肌、背は高からず、低からず、少しばかりふくよかで柔らかそうな体。所謂男づきするタイプである。彼女には男性ファンが多く、小生が知っているだけでも小生の同期入所の二人、他にも数人の男性が彼女に交際を申し込んだが、彼女はいずれにも良い返事を出さなかった。
小生はというと、やはり彼女のことが好きであったが、彼女が同じ職場の同僚であり(表向きではあるが当所内規で職場恋愛を避けるようにとしてある。実際には職場結婚は多いが)、加えて彼女は多くの男性から交際を求められるぐらい人気があったため、小生では無理だとあきらめていた。そうしているうち、彼女はある男性と交際を始め、婚約、さらに結婚した。
彼女の結婚後のある日、彼女と退社するのが一緒になった。その時、彼女に結婚のお祝いを述べ、ついでに「本当のことを言うと、僕もあなたのことが好きだったんだ」と笑いながら言った。それに対して彼女は、「あのね、女性は好きな男性に自分を奪ってもらいたいと思っているものなの、どうしてあなたは奪い取りに来てくれなかったの」、そして小生の顔を見つめてひとこと言った「いくじなし」。
小生は、思いもしなかった言葉に茫然として、彼女が去っていくのを見つめた。まるで、乗船すべき船に乗り損ね、チケットを握りしめながら岸壁から遠ざかっていく船を見つめているように。
いつ頃からだろうか。多分、10代半ばからだと思う。好きな女性と結ばれて蕩けるような幸せな結婚生活をする、そんなことは思いも寄らない自分には縁のないこと、自分のそばに好きな女性がいること自体が有りうるべきことではない、と小生は思っていた。小生の思考としては、“お前は大義のために死ぬ”と言われれば素直受け入れられるが、“あなたには幸せな結婚生活が待っている”と言われれば、それ誰のこと?と否定してしまう。“君はUFOに連れ去られる”と言われたほうが、まだ、現実感があった。
ただ、これまで一度だけ、高校生の時、大好きな女性と交際したことがあったが、小生があまりにも愚かであったためその女性は去って行った。そして、それ以前もそれ以後も好きな女性と交際したことはない。
では、小生にとって結婚とは如何なるものか。小生も30歳代の始めに一度結婚というものをしたことがある。その女性とは知人の紹介で知り合ったが、正直に言うと小生の好みのタイプとはかけ離れていた。そのため、1回お会いしただけで終わると思ったが、相手からは是非もう少しあってほしいと言われた。気が乗らないのに相手と会ったのは失敗であった。2,3回しか会っていないのに先方の親御さんに紹介され、あれよ、あれよと言う間に結婚式の日取りまで決まってしまった。
まあ、これも仕方ないかと諦めて結婚したが、1年半で離婚するはめになった。何故あんな結婚をしてしまったのだろう、何故最初にきちっと断らなかっただろう、未だに悔やまれてならない。“好きな女性と結婚できるわけでないし、相手とそのご家族が喜ぶのならそれで良いか”といういい加減な気持ちが、結果として不幸を招いたのだと思う。幸いにして子供はいなかった。
また結婚したいかと尋ねられれば、もちろんYESである。でも、好きな女性と結婚をしたいかと尋ねられれば、“そうありたいが、それは無理だと思う”というのが答えである。でも、前のような結婚は二度としたくない。ならば、どうする。答えは、意地と心意気を示す結婚である。大好きな女性とは恐らく御縁ない、しかし、好きになれない女性には意地も心意気も出て来ない。小生を認めて、そして必要としてくれる相手を守ること、これが意地と心意気を示す結婚で、今の小生に唯一許される結婚だと思う。