TE KOOP=売りたしの札を掲げた35ftぐらいの中古屋根付きボートが跳ね橋をわたった背のたかい草むらの向こう、左側水路岸に舫っていた。
オランダのあちこち水路や湖沼でよく見るなんの変哲もない実用的なタイプのボートであった。
その先にそれよりも小さなボートがさらに3艘カバーがかけて舫ってあった。
この国の人たちにとっては小さなボートを所有して余暇を楽しむことは国民的リクリエーションと言ってもよい。
春先から夏にかけての時期とくに週末の金土日曜日にはこういうボートに泊り込んで過ごす。
ロケーションはたいてい自宅の近くの湖沼や水路に沿った水辺である。
ちょうどキャンプサイトのキャンピングカーに相当する。
日常生活の猥雑さからはなれ読書をしたり好きな音楽を聴いたり編み物をしたりスドクをしたりと。
窓の外には水鳥たちが往来し岸辺の草むらをなぜ水面をわたる薫風を味わいながら。
すでに年金生活者とか定年ま近かぐらいの年配の夫婦や知り合い同士などが多いようだ。
今入ってきた散歩道は背の高い雑草や樹立ちに埋もれている。
そして道が見えなくなるところまでわずかに左右にくねりながら伸びている。
もう少し先へまでゆくとこの砂利道が終わる所が見えてくる
ボートがあった草むらの向こうは水路がつづき、そして右側は幾つかの大きなふるびた倉庫が船着場の周りに連なっている。
昔はこのあたりの水路は生活に必要なような運河でもあったようだ。
かっこうの鳴声がこだまするその散歩道の途中で真新しい黒毛の小型バンと大型砂利ダンプカーがそれぞれ1台づつ草むらに突っ込むように駐車してあった。
近所の人たちの車ではないようだ。
その左側は背の高い生垣が連なっていてその間からまだ建築半ばの家屋3軒がみえた。
いずれの家もコンクリート基礎部は水路の中に築かれていた。
つまり床下には常に水がある家である。
今日は週末なので仕事をしている人影もなくただ家の中も外も建築資材や梱包ビニールごみが猥雑に散らかっていた。
砂利道が終わるところでこの村の本道とも言うべきアスファルト道へT字につながる。
その手前右側にこぎれいな2階建ての家屋がある。
散歩道からみえるのはその家の後ろ側で見上げる高さの白壁にこの村の名前を大きな浮き彫りの字あらわした看板がはめ込まれてある。
反対側が正面入り口でゆったりした広さの駐車場が設けられている。
近所の人たちの車が幾台も停まっていた。
窓ガラスを透して見える店内には中古品ばかり日用雑貨や古本や手工芸品が並べられている。
そういうものを売る店であるがまだ入ったことは無い。
入り口の張り紙には毎月第2土曜日のみ開かれるという蚤の市的な店である。
いつかぜひ立ち寄ってみたいと思っている。
仰ぎ見たかわらぶきの屋根の上をつばめが2羽弧を描いて舞っていた。
趣のある砂利道からあじけないアスファルト道へ歩みをすすめた。
この村の本道もやはり両側に水路が沿っている。
ずいぶん昔に造られた道路にアスファルト舗装をしただけの道路で一部を除いて道幅は狭く車のすれ違いがかろうじてできるほどだ。
だから道端に車が駐車しているところは往来の車のどちらかが停まって道を譲らないとすれ違いができない。
そんなところを歩っていて車が来たときはつい体が硬くなってしまった。
この本道に沿って見かける家は一戸建てが多く敷地もゆったりしている。
とくに湖沼岸側の家は水路をまたぐ車が通れる大きさの私設橋が架けられている。
そして大きなやなぎの樹が必ず1本水路に面した庭先に大きな枝振りを拡げている。
やなぎの樹は強靭で根張りが強く地面をしっかり支えてくれるから好んで植えられているらしい。
その薄暗い空の色をうつした水面には黄色か白い花をのせた蓮の葉が拡がっている。
蓮の葉の上に蛙がすわっているわけではないが、すぐ近くでガーゴガーゴと蛙のなきごえが葦の間から響いてきた。
*(汗)**(山)**(音符)**(ニヤ)*
オランダのあちこち水路や湖沼でよく見るなんの変哲もない実用的なタイプのボートであった。
その先にそれよりも小さなボートがさらに3艘カバーがかけて舫ってあった。
この国の人たちにとっては小さなボートを所有して余暇を楽しむことは国民的リクリエーションと言ってもよい。
春先から夏にかけての時期とくに週末の金土日曜日にはこういうボートに泊り込んで過ごす。
ロケーションはたいてい自宅の近くの湖沼や水路に沿った水辺である。
ちょうどキャンプサイトのキャンピングカーに相当する。
日常生活の猥雑さからはなれ読書をしたり好きな音楽を聴いたり編み物をしたりスドクをしたりと。
窓の外には水鳥たちが往来し岸辺の草むらをなぜ水面をわたる薫風を味わいながら。
すでに年金生活者とか定年ま近かぐらいの年配の夫婦や知り合い同士などが多いようだ。
今入ってきた散歩道は背の高い雑草や樹立ちに埋もれている。
そして道が見えなくなるところまでわずかに左右にくねりながら伸びている。
もう少し先へまでゆくとこの砂利道が終わる所が見えてくる
ボートがあった草むらの向こうは水路がつづき、そして右側は幾つかの大きなふるびた倉庫が船着場の周りに連なっている。
昔はこのあたりの水路は生活に必要なような運河でもあったようだ。
かっこうの鳴声がこだまするその散歩道の途中で真新しい黒毛の小型バンと大型砂利ダンプカーがそれぞれ1台づつ草むらに突っ込むように駐車してあった。
近所の人たちの車ではないようだ。
その左側は背の高い生垣が連なっていてその間からまだ建築半ばの家屋3軒がみえた。
いずれの家もコンクリート基礎部は水路の中に築かれていた。
つまり床下には常に水がある家である。
今日は週末なので仕事をしている人影もなくただ家の中も外も建築資材や梱包ビニールごみが猥雑に散らかっていた。
砂利道が終わるところでこの村の本道とも言うべきアスファルト道へT字につながる。
その手前右側にこぎれいな2階建ての家屋がある。
散歩道からみえるのはその家の後ろ側で見上げる高さの白壁にこの村の名前を大きな浮き彫りの字あらわした看板がはめ込まれてある。
反対側が正面入り口でゆったりした広さの駐車場が設けられている。
近所の人たちの車が幾台も停まっていた。
窓ガラスを透して見える店内には中古品ばかり日用雑貨や古本や手工芸品が並べられている。
そういうものを売る店であるがまだ入ったことは無い。
入り口の張り紙には毎月第2土曜日のみ開かれるという蚤の市的な店である。
いつかぜひ立ち寄ってみたいと思っている。
仰ぎ見たかわらぶきの屋根の上をつばめが2羽弧を描いて舞っていた。
趣のある砂利道からあじけないアスファルト道へ歩みをすすめた。
この村の本道もやはり両側に水路が沿っている。
ずいぶん昔に造られた道路にアスファルト舗装をしただけの道路で一部を除いて道幅は狭く車のすれ違いがかろうじてできるほどだ。
だから道端に車が駐車しているところは往来の車のどちらかが停まって道を譲らないとすれ違いができない。
そんなところを歩っていて車が来たときはつい体が硬くなってしまった。
この本道に沿って見かける家は一戸建てが多く敷地もゆったりしている。
とくに湖沼岸側の家は水路をまたぐ車が通れる大きさの私設橋が架けられている。
そして大きなやなぎの樹が必ず1本水路に面した庭先に大きな枝振りを拡げている。
やなぎの樹は強靭で根張りが強く地面をしっかり支えてくれるから好んで植えられているらしい。
その薄暗い空の色をうつした水面には黄色か白い花をのせた蓮の葉が拡がっている。
蓮の葉の上に蛙がすわっているわけではないが、すぐ近くでガーゴガーゴと蛙のなきごえが葦の間から響いてきた。
*(汗)**(山)**(音符)**(ニヤ)*