トラス包囲網
経済失策をめぐり批判の集中砲火を浴びるイギリスのトラス首相は10月17日夜、政策上の「過ち」を認めて謝罪する一方、首相として引き続き職務を果たすと宣言した。市場の混乱を招いた政府の大型減税案は、首相が責任を取らせ更迭したクワーテング前財務大臣の後任であるハント財務大臣によって、ほぼすべて撤回された。
飯田)政権発足から約1ヵ月ですが、もう窮地に陥っているということでしょうか?
その裏で再登板を狙うジョンソン前首相が動いているか
青山)窮地に陥っていることは間違いありません。私は前首相が再登板を狙って動いていると理解しています。
飯田)ジョンソンさんがですか?
青山)ジョンソンさんご自身は、辞めるつもりはないのに辞めました。そのときから、次の首相が「仮の首相」になるように動いていた形跡もあります。それに嵌められて、急に富裕層優遇の税制をやったというような陰謀論までは言いませんが、「あり得るな」という感じはします。トラス首相は経済通というわけではないので。
飯田)なるほど。
青山)ジョンソン前首相は、少なくとも経済の話は嫌いではありません。人脈も非常に広いので、「こうしたらこのようなことになる」と読んでいた節もなくはない。保守党のなかでも首相擁護論はほとんど出ていません。
飯田)首相擁護論は。
青山)「トラスさんに人望がないからだ」と言われたら、その通りかも知れませんが、保守党内の底を流れるものとして、ジョンソン議論があるからです。その根回しは間違いなくやっています。
それがアングロサクソン流のやり方
飯田)トラスさんは、もともとジョンソン政権を最後まで支えた人という、その忠臣ぶりがありました。
青山)そんなことは全然気にしていないと思います。
飯田)やはりそれがアングロサクソン流ですか。
青山)そのようなことを言っていたら、チャーチルのような人物は出てきません。あれだけ嫌われていて、危機になれば急に出てくるのですから。そして用済みになったら落選という。
飯田)戦争終結直前に、ですね。
青山)それが英国なのです。だから生き延びてきたのです。
飯田)浪花節の目線で見てはいけない世界なのですね。
イギリスの現状をみて「日本も減税などしたらインフレになってしまうのだ」という意見も出そうだが
飯田)トラスさんの政策の部分についてもそうですが、今回の事例を引きながら、「日本でも減税などしたらインフレになってしまうのだ」などと言う人はたくさんいますよね。
高橋)財務省は言いたいでしょうね。おそらく、財政制度等審議会でそのことについてやりますよ。イギリス経済で言うと、EUから離脱してしまったあとに、多少、供給力が不利になってしまったことも事実です。そこに今回のようなことがあったので、インフレになってしまったことは間違いありません。
飯田)EU離脱で供給力不足になって。
高橋)インフレになってしまったら、金利高、債券安、株安になるのは普通なのです。
飯田)インフレになったら。
高橋)「通貨安」という話もありますが、これはアメリカとの関係があります。アメリカが強烈に引き締めをしているので、通貨安にはなりがちです。そのときにいろいろ仕掛けられたという感じが私はしました。ポリティカルな要素が大きいのです。
イギリスの破綻確率は変わっていない ~政治的な要素が大きい
高橋)だからといって、イギリスの破綻確率がどうかというと、ほとんど変わっていません。そういう意味では、マーケットもこのような売り仕掛けが政治的であることはわかっているので、提灯がたくさんくっついて、そこでやられたのかなと思います。「財政懸念がどうの」というほど、実はデータ的にはそうなっていません。
飯田)破綻確率を示すクレジット・デフォルト・スワップはどうでしょうか?
高橋)少し高くなりましたが、あれぐらいだと、何か動きがあれば変化する程度です。20ベースぐらいが40ベースぐらいになったのは間違いないのですが、すぐ戻りました。破綻するという話がまことしやかに出ているわけではないのですが、マーケットの噂などでやられたのではないでしょうか。
青山)中長期的には、エリザベス女王2世という社会の重石を失って、かつてスキャンダルがあった国王になり、政治にも変な動きがありました。
飯田)イギリスでは。
青山)スコットランドはEUに戻りたいので、分離論がまた出てきます。もしイギリスが分裂したら、世界の破綻要因ですね。