ときどき「日経Associe」という雑誌を
読むことがあるのですが、
そのなかに、
片山右京くんのインタビュー記事が
掲載されていました。
「ターニング・ポイント」についての
記事でした。
インタビュアーは
小松成美さん。
スポーツノンフィクションライターさんです。
(この方の書かれる記事は
以前から好きでした。)
右京くんは
私とほぼ同世代です。
右京くんの「ターニング・ポイント」は
白血病の少年との出会いだったそうです。
F1レーサーになるのが夢だった少年。
あるボランティア団体からの連絡で、
右京くんは
その少年の存在を知り、
励ましに行ったそうです。
あきらめずに頑張れよ、と。
その後
2ヶ月ほどして
その少年は
亡くなったそうです。
その少年が
「片山さんに謝っておいて」と
残した言葉。
ここで引用するのは
差し控えますが、
右京くんは
その少年の言葉に
衝撃を受けたそうです。
少年の言葉が
右京くんの転機=
ターニング・ポイントになったそうです。
記事を拝読した私も
右京くんとはちがうかたちで
その少年の言葉に
衝撃を受けました・・・
「わたし、
いま
なんに
負けてて、
なにを
あきらめようとしているんだろう」
そう思った。
あまりにもタイムリーで
びっくりしました・・。
写真のなかの
右京くんの目は
穏やかに思えました。
F1ドライバー時代の右京くんは
失礼な言い方になるのですが、
かわいらしく
アイドルっぽい感じに
私の目には映っていました。
もちろんそれは
個人的な感想にすぎません。
それまでの日本人F1ドライバー
中島悟さんや
鈴木亜久里さんと比較して
かわいらしい顔立ちの男性だなぁと
単にそう思ったのです。
モータースポーツには
まったく詳しくありません。
ただ、
フォーミュラワン
モータースポーツ界最高峰の競技は
大きな事故と隣り合わせで、
大きな事故は
命の危険につながっている。
そのことは
認識しているつもりです。
F1ブーム最盛期、
ユニコーンの奥田民生(=当時)や
オフコース(=当時)ファンである
会社時代の元同僚と
よく遊んでいたのですが、
その元同僚は
「音速の貴公子」
アイルトン・セナのファンでもありました。
元同僚の影響で、
フジテレビ系の深夜番組である
F1中継を見るようになっていきました。
たしか
ゴールデンウィーク中の
放送じゃなかったかなぁ?
実況が
広島出身の
三宅正治アナウンサーだったような気がする。
イモラ・サーキットで開催された
イタリア・サンマリノGPの放送を
たまたま見ていたんですよ。
アイルトン・セナが
コーナーで大クラッシュして
ヘリコプターで救急搬送されて
結局亡くなったときの放送を。
ラッツェンバーガーでしたっけ?
別の選手も
前日かなにかの走行で
事故死しているんですよね。
車体が脆く感じたのを覚えています。
F1がどんなに過酷な競技であるのか
見せ付けられたような気がしました。
まだその当時は
携帯電話がなかったから
その元同僚の家に
真夜中であるにもかかわらず
電話してしまったんですよ。
「いまF1見よる?」
「いやきょうは見とらん」
「すぐテレビつけて!
セナがたいへんなことになっとるんよ!」
とにかく
その元同僚に
連絡しなければ、と
衝動的に
電話してしまったんですよね。
右京くんといえばF1、
F1といえばアイルトン・セナ。
セナといえば
サンマリノGP・・・
もういまでは
モータースポーツの中継番組を
見るようなことは
なくなってしまいましたけど・・・
右京くんのインタビュー記事を
じっくり読ませていただいて、
少しだけ、
ほんの少しだけですが、
開き直ろうと、
吹っ切れようと、
思い始めた
自分がいました。
ありがとう右京くん。
ありがとう小松成美さん。
ありがとう日経アソシエ。
読むことがあるのですが、
そのなかに、
片山右京くんのインタビュー記事が
掲載されていました。
「ターニング・ポイント」についての
記事でした。
インタビュアーは
小松成美さん。
スポーツノンフィクションライターさんです。
(この方の書かれる記事は
以前から好きでした。)
右京くんは
私とほぼ同世代です。
右京くんの「ターニング・ポイント」は
白血病の少年との出会いだったそうです。
F1レーサーになるのが夢だった少年。
あるボランティア団体からの連絡で、
右京くんは
その少年の存在を知り、
励ましに行ったそうです。
あきらめずに頑張れよ、と。
その後
2ヶ月ほどして
その少年は
亡くなったそうです。
その少年が
「片山さんに謝っておいて」と
残した言葉。
ここで引用するのは
差し控えますが、
右京くんは
その少年の言葉に
衝撃を受けたそうです。
少年の言葉が
右京くんの転機=
ターニング・ポイントになったそうです。
記事を拝読した私も
右京くんとはちがうかたちで
その少年の言葉に
衝撃を受けました・・・
「わたし、
いま
なんに
負けてて、
なにを
あきらめようとしているんだろう」
そう思った。
あまりにもタイムリーで
びっくりしました・・。
写真のなかの
右京くんの目は
穏やかに思えました。
F1ドライバー時代の右京くんは
失礼な言い方になるのですが、
かわいらしく
アイドルっぽい感じに
私の目には映っていました。
もちろんそれは
個人的な感想にすぎません。
それまでの日本人F1ドライバー
中島悟さんや
鈴木亜久里さんと比較して
かわいらしい顔立ちの男性だなぁと
単にそう思ったのです。
モータースポーツには
まったく詳しくありません。
ただ、
フォーミュラワン
モータースポーツ界最高峰の競技は
大きな事故と隣り合わせで、
大きな事故は
命の危険につながっている。
そのことは
認識しているつもりです。
F1ブーム最盛期、
ユニコーンの奥田民生(=当時)や
オフコース(=当時)ファンである
会社時代の元同僚と
よく遊んでいたのですが、
その元同僚は
「音速の貴公子」
アイルトン・セナのファンでもありました。
元同僚の影響で、
フジテレビ系の深夜番組である
F1中継を見るようになっていきました。
たしか
ゴールデンウィーク中の
放送じゃなかったかなぁ?
実況が
広島出身の
三宅正治アナウンサーだったような気がする。
イモラ・サーキットで開催された
イタリア・サンマリノGPの放送を
たまたま見ていたんですよ。
アイルトン・セナが
コーナーで大クラッシュして
ヘリコプターで救急搬送されて
結局亡くなったときの放送を。
ラッツェンバーガーでしたっけ?
別の選手も
前日かなにかの走行で
事故死しているんですよね。
車体が脆く感じたのを覚えています。
F1がどんなに過酷な競技であるのか
見せ付けられたような気がしました。
まだその当時は
携帯電話がなかったから
その元同僚の家に
真夜中であるにもかかわらず
電話してしまったんですよ。
「いまF1見よる?」
「いやきょうは見とらん」
「すぐテレビつけて!
セナがたいへんなことになっとるんよ!」
とにかく
その元同僚に
連絡しなければ、と
衝動的に
電話してしまったんですよね。
右京くんといえばF1、
F1といえばアイルトン・セナ。
セナといえば
サンマリノGP・・・
もういまでは
モータースポーツの中継番組を
見るようなことは
なくなってしまいましたけど・・・
右京くんのインタビュー記事を
じっくり読ませていただいて、
少しだけ、
ほんの少しだけですが、
開き直ろうと、
吹っ切れようと、
思い始めた
自分がいました。
ありがとう右京くん。
ありがとう小松成美さん。
ありがとう日経アソシエ。