先日、会期終了の迫る中、美術館「えき」KYOTOで開催されていたピカソ展へ行ってきました。ピカソについてはもともとあまり詳しくないせいもありますが、今回の展示では、私にとって初めての作品にたくさん出合うことができました。
特に今回の展示ではたくさんの陶芸作品を見ることができ、その作品から感じた素直な感性に、言葉で表現することはとても難しいのですが、改めて学んだものがあります。
後になってパンフに書かれた紹介文を読み、そのぼんやりとした感情を決定付けることとなりました。
晩年過ごしたヴァロリスでの生活は陶芸を中心に版画などに積極的に取り組んだ時期でもあります。そこに描かれているのは、今までのピカソとは思えない大胆な構図が多く、特に皿に描かれた絵付けはまるで子供の絵のような作品でした。当時のピカソはその時のことを「やっと子供の様な絵が描けるようになった」と話しています。子供の頃から周囲に期待され、その期待に応えるために表現力豊かな作品を創造していたピカソは、その重圧から解放され、晩年期の作品が生まれたといわれています。
ものをつくるために勉強し、少しずつ知識を身につけると、どこかテクニックに頼ってしまうというか、人にどう見てもらうか?人に褒めてもらえるものをつくろうとする気持ちが強くなってしまいます。
私は以前からピカソの晩年の作品が好きでした。しかし、その理由はわかりませんでした。どう考えても、1時間もあれば完成してしまいそうな作品にばかりなぜ惹かれてしまうのか?
今回陶芸に描かれた作品を見ながら、もしかすると、誰かに見せるためではなく、素直に描かれているところに、無意識の内に引き寄せられているのではないかと気付きました。
「顔」と題されるたくさんの作品は、丸いお皿から顔を発想するという、全く素直な感覚で表現されています。
そして現在私が行っているコーディネートが、テクニックに頼るだけの温度のない提案になっているのではないか。自問自答しなければなりませんでした。
ピカソが晩年になって「やっと子供のような絵が描けるようになった」と話していることからも、私はまだまだ「子供のような」作品を目指せるほどの器量はありませんが、いつかそんな風に思える日を迎えたいものです。
特に今回の展示ではたくさんの陶芸作品を見ることができ、その作品から感じた素直な感性に、言葉で表現することはとても難しいのですが、改めて学んだものがあります。
後になってパンフに書かれた紹介文を読み、そのぼんやりとした感情を決定付けることとなりました。
晩年過ごしたヴァロリスでの生活は陶芸を中心に版画などに積極的に取り組んだ時期でもあります。そこに描かれているのは、今までのピカソとは思えない大胆な構図が多く、特に皿に描かれた絵付けはまるで子供の絵のような作品でした。当時のピカソはその時のことを「やっと子供の様な絵が描けるようになった」と話しています。子供の頃から周囲に期待され、その期待に応えるために表現力豊かな作品を創造していたピカソは、その重圧から解放され、晩年期の作品が生まれたといわれています。
ものをつくるために勉強し、少しずつ知識を身につけると、どこかテクニックに頼ってしまうというか、人にどう見てもらうか?人に褒めてもらえるものをつくろうとする気持ちが強くなってしまいます。
私は以前からピカソの晩年の作品が好きでした。しかし、その理由はわかりませんでした。どう考えても、1時間もあれば完成してしまいそうな作品にばかりなぜ惹かれてしまうのか?
今回陶芸に描かれた作品を見ながら、もしかすると、誰かに見せるためではなく、素直に描かれているところに、無意識の内に引き寄せられているのではないかと気付きました。
「顔」と題されるたくさんの作品は、丸いお皿から顔を発想するという、全く素直な感覚で表現されています。
そして現在私が行っているコーディネートが、テクニックに頼るだけの温度のない提案になっているのではないか。自問自答しなければなりませんでした。
ピカソが晩年になって「やっと子供のような絵が描けるようになった」と話していることからも、私はまだまだ「子供のような」作品を目指せるほどの器量はありませんが、いつかそんな風に思える日を迎えたいものです。
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