影
美しい影
醜いものの美しい影 *
と、黒田さんは書き残したが
今日の窓辺は黄昏れて
影と影でないものの境さえ
分からなくなってしまった
吊革にぶらさがっている僕は
ゆっくりと目をつぶり
瞼の裏庭にしまってある童話に
ぴしりムチを入れる
生涯怒ったことのない
悲しいロバが
小さな悲鳴をあげ
ふたたび
美しい歯をむき
僕の少年を歩きだす
ひとの
背負いきれなかったものを
背負い
星の印のある額を
左右に振って
方形のなかで
女たちも
男たちも
僕も揺れている
*黒田三郎詩集『小さなユリと』「夕焼け」より
美しい影
醜いものの美しい影 *
と、黒田さんは書き残したが
今日の窓辺は黄昏れて
影と影でないものの境さえ
分からなくなってしまった
吊革にぶらさがっている僕は
ゆっくりと目をつぶり
瞼の裏庭にしまってある童話に
ぴしりムチを入れる
生涯怒ったことのない
悲しいロバが
小さな悲鳴をあげ
ふたたび
美しい歯をむき
僕の少年を歩きだす
ひとの
背負いきれなかったものを
背負い
星の印のある額を
左右に振って
方形のなかで
女たちも
男たちも
僕も揺れている
*黒田三郎詩集『小さなユリと』「夕焼け」より