DEEP SEAα

ココロの軌跡

Beautiful Colors

失恋した・・・ワケじゃないけど

2007-12-21 | 日々の海


髪を切った。


思い切ってショートにした。


こんなに短くしたのは何年振りかしら。


確か20歳位の頃にはもうロングだったはず。


昨日までは背中の真ん中辺りまであったから、20センチ以上は摘めた。


肩の辺りの重みが無くなって、気持ちまで軽い。久々に清々した。


 


オーダーのタイトルは「グランジなレイヤードカール」(笑)


顎のラインのボブをベースに、全体にランダムなぐちゃぐちゃパーマ。


サイドが頬にハラリとかかるのがポイント。


色は3トーンアップのライトブラウン。


実に私らしいスタイルに仕上がって、かなりご満悦


 


昨日訪れたのは初めてのサロン。


外観はカフェかブティックにしか見えない華やかな雰囲気。


中に入るとアロマの香りが迎えてくれた。


そこはハーブやアロマオイルを、全てのメニューに組み込んでいる拘りのお店。


センスの良いインテリアでまとめられた店内は、ジャズが静かに流れていてムチャクチャ私好み。


 


前回行ったサロン・・いや、ただのパーマ屋で、最低最悪な扱いを受けた私の心と髪は、ボロボロになってしまってたので、昨日は本当に癒されるひと時だった。


ストレスの溜まっていた髪と頭皮の為に、ラベンダーオイルのトリートメントマッサージをしてもらったときは、もっていかれそうな心地よ良さ(マッサージタイムにはBGMが変わるのだ)


久々に、心身ともに癒されてトロトロニなった夜



素敵なX'masになりそな予感・・・・・


 


 


 


 


 


 


 


 


 <追記> (他ブログentryを 公開)


色とりどりのherbが入った たくさんの小瓶

いまのconditionに合うものをchoice

cupから伝わる温もりと 甘い香り

張りつめていたtensionが 解きほぐされていく


柔らかなlightの影

静かに流れるJazzのvib


真っ白なleatherの椅子に全身を預け

額から滴らせた aromaoilに陶酔する


私の好みを知り尽くしたかのようなもてなし

極上のrelaxation time



そこは

初めて訪れたhairsalon



私は 髪を切った


背中までの長さを

首筋辺りまで摘めた

久方振りのshort

失恋したわけじゃないけれど‥‥


重なり続けたunlucky

断ち切りたかったのかもしれない



体に不自由な箇所や 病がないかと...

問われるままに告げた


この時点でも 薬に助けられ発作をblockしていることも


涙ぐむstaff

でもそれは 同情ではなく

彼女自身に思うところがあったから


それなら よかった





私は.....



同年代の子たちが

当たり前に経験している事は

殆どしてこれなかったけれど



反対に

normalに暮らしていたら 決して知り得ない世界を

見続けてきた



どちらが良かったかなんて

今はまだ わからないけれど


1日1日が奇跡で

五感 いえ それ以上で感じる 全てのものが

私を創ってくれるのだと 信じてきた



それは 決して 当たり前ではなく

与えられた命の実感なのだからと

感謝しつつ

今日まで来た



私は

傷みや 苦しみや 腐ったものを見る為だけに

生まれてきたわけじゃない


美しくて 優しくて 愛しいものを

身に付ける為に

生まれてきたのだから




そう考えながら

ゆっくり 深く

呼吸をした



めぐり逢いに

THANX





          Mrs.M に 心からの感謝を込めて 。。。







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千の風になっているから...

2007-12-17 | 日々の海

昨年の紅白歌合戦で秋川雅史さんが歌った「千の風になって」。


数々の賞を取る大ヒットだったとか。


相変わらずTVは殆ど見ず、日本の曲を聴くことも滅多にない私なので、大分遅れて漸くお盆の頃にTVで見ることが出来ました。


 


流れるテロップと共にじっくりと聴きましたが、確かに素敵な詞です。


涙を流しながら聴き入る人が多いというのが分かる気がしました。


 


感動したり、勇気を貰える曲というのは素晴しいものなのですが、少し気になる話しを先日耳にしました。


 


ある仏具屋さんから聞いた話です。


今年は、春のお彼岸の頃から始まって、お盆、秋彼岸と、仏具や線香、果ては墓石まで、例年なら売り上げが伸びるべき時期に、極端に売り上げが少なかったと言うのです。


「どうしてですか?」と聞きましたら、どうも、「千の風になって」の影響らしい、と仰るのです。


 


「お墓参りに行っても、そこには居ないんだからわざわざ行く必要もお供え物を設える必要も無い。」
「墓石を建てる必要は無い。」


 


そういう考えが蔓延しているんだとか。


もう、めちゃくちゃ驚いてしまいました。


何でも自分の都合のいいように解釈できるというのは、恐ろしいものです。


結果や見返りしか求めない浅はかな考えの見本ですね。


益してやこの詞を作ったのは、アメリカ人でしょう。(多分、仏教徒ではないだろうし)


見えないものに畏敬の念を払う日本人の美徳は、どうなってしまったのかと胸糞が悪くなってしまいました。


 


和尚様達の嘆きを聞くようになって久しいですが、これ程にまで病んでいるのですね(苦笑)


 


昨年辺りまでは、墓石に家紋を入れると良くないと某占い師が言ったとかで、墓石屋さんがてんやわんやだとか、神社で拍手を打たない女性が多いんだとか(お寺で手を打ってる人もいますけどねw)聞いたけれど、どうなってることやら。


「品格」シリーズの書籍でお勉強するのもいいでしょうけど、それ以前にズレてる何かを正す方が先だと思わずにはいられません。


全く先が思いやられます.....。


 


 


 




正師を得ざれば、学ばざるに如かず。  「道元禅師」


 


 


 


 


 


 







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Pageant

2007-12-16 | 日々の海

 


SENDAI光のページェントが始まりました。



31日まで仙台の夜を彩ります。


 


私は最終日に行くことになりそうです


 


 


Pegeant  LIVE


 


 


 


 

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メガ餃子

2007-12-16 | 日々の海


月に一度の餃子ぱーちぃー

一度にたくさん焼き上げる技術を編み出しました(もちろん手作り



さて何個あるでしょう?(笑)












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懺悔文

2007-12-13 | 日々の海
年末恒例の「今年の漢字」を毎年楽しみにしている。

例年通り昨日12日、清水寺で発表された。


今年は『偽』


予想通りだった。


もう、それ以外はないでしょう。


あれもこれも、話題にするのもウンザリするほど「偽装」だらけ。


三位は「嘘」だったそうだけれど、平気で偽装工作ができる人種にとっては、嘘までもが嘘と言うか、上塗りし過ぎて何が嘘なのかもわからなくなるほどに病んでるんではないかと、謝罪会見などを見ていると感じてしまう。

逆ギレ、開き直りとも言える態度からは、当然の如く謙虚、誠意の欠片も受け取れない。


そんな会見の数々を見ていて私が思い出すのが、山一証券の野澤社長の記者会見。

嘘泣きではない本気の男泣きだったことは、氏のその後の活躍を見れば一目瞭然。
しかも、あの涙は自己の弁明の為の涙ではなく、社員の行く末を悲観しての涙だった。


今年目にした謝罪は、企業、役人共々、心から詫びていると受け取れる者はいなかった。
その上、弱き立場の者への濡れ衣というお粗末さ。


事柄ひとつひとつが問題なのは当然だが、何よりも人間の資質の低下の有り様に愕然とする。




清水寺の森清範貫主が儀式後、「こういう字が選ばれるのは本当に恥ずかしく、悲憤に堪えない。己の利のためには人をだましてもいい、という嘆かわしい社会だ」と、とても厳しい口調で仰ったのが印象的だった。



「天網恢恢疎にして漏らさず」ではないが、例え人に知られることなくとも、天は知り、そして間違いなく己は知っている筈だ。

それなのに、天に向かって唾を吐いている輩の如何に多いことか。

全く救いようがない。





我昔所造諸悪業

皆由無始貪瞋痴

従身語意之所生

一切我今皆懺悔



『私が昔から造ってきたすべての悪い行いは、いつから始まったともしれないはるかな昔から私に具わった「貪(むさぼり)」と「瞋(いかり)」と「痴(おろかさ)」が原因となり、体と言葉と心が生んだものです。
私は過去のこれらの罪のすべてを、今こそ、心から御仏に懺悔します。』



朝夕欠かさず、唱えるお経である。



人は、己だけはどんなに正しい事をしていると思っていても、知らず知らずのうちに罪を犯しているものなのだそうである。過去世を辿れば尚更。

それでも尚、赦されて生きる、いえ、生かされているのである。



私は信仰を持つことができて、良かったと思う。






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