1945年が終戦だから・・・えっともう68年・・・
ってことは70歳超えてるかも・・・このギター。
とってもきれいになって帰ってきました。
70年、さすがにボディがはがれたり、かわいそうなことになってきて
どうしよーと、某老舗ライブハウスの某幹治さんに^_^;
どうかなりますか・・・とお願いしまして。
(彼はマニアックです。なんでも自分で作っちゃうしよくご存じです。
だからそういう彼の周りはまたマニアックな職人さんがいっぱいだし。
彼自身がそのマニアックな職人さんの一人なわけですけど。)
快く引き受けてくださって、こういう立派な姿になりました。
うれしいっ!
これ、実はもう50年くらい眠っていた楽器でした。
私の大叔父が持っていたもの。
「あ、お前、音楽しよるとやったなぁ、
お前にやればよかなぁ、ちょっと待っとけ、いや、まだあったろうや」
突然、何を思い出したか、奥に消えて行って・・・間もなく、
そのわりにはきれいやなぁ、と思うこのギターと一緒に戻ってきて
「音は出るけん、どうげんかなるなら、つこうちゃれ」
もう、10年近く前に亡くなったのですが、亡くなる1年くらい前だったか
珍しく、戦争中の話になりました。
例にもれずあまり戦争中の話はしたがりませんでしたが、そのときは
何となく、当時お世話になったご家族のお話になりました。
台北にいた大叔父は同じ軍の若い方たちとよくいく食堂があったようでした。
そこのおばちゃんに若い兵隊さんたちはとてもよくしてもらったそうです。
そこに下宿中のご親戚の娘さんが、ご両親に内緒で買ったギターがこれでした。
日本と同じなのでしょうね、当時はギターなんてね、
親御さんたちはよく思わなかったそうで、ましてやお嬢さんは
学校に行くために、台北にきていたわけで・・・。
そのお嬢さんが、帰るときに、ギターはお家には持って帰れないから、と
大叔父が頂くことになった・・・のだそうですが
まぁまぁ、本人の話、ほんとうのとこ、そのお嬢さんってどういう関係!?
なぁんて私にはきけません^_^;
耳が遠いのもあってややこしいのもあるけど、まちょっと気難しい人でしたし
きっとまぁ、そういうふうにきれいに思い出にして話したかったでしょうし^_^;
もらってきたギター、まずは松本先生に頼んで、ペグを変えてもらったり・・・
で、ちゃんと音が出るようになって、録音に使ったり・・・
なんと目見田くんにブルーノートのライブで弾いてもらったりしていたのです。
「ごろー爺、陽の目をみたよー」と報告もしました。
でも、この数年、だんだんボディがはがれてきて、なんだかもうすっかり
疲れてきたようなようすを見せていました。
どうしよう、どうしよう、と思ってた時・・・
そうやん!ここに相談に乗ってくれる人がいた!
昨日、帰ってきました。幹治さん、ありがとうございました。
うれしい、めちゃめちゃうれしい。
きれいな音、戻ってきました。
ライブから帰ってきて、機材片づけながら、弾いて弾いて!
「へろっあらびゅ・・・」
「俺はドアーズはしらん!」
と、言いながらも
♪へろっ♪じゃがじゃん!と弾いてもらいました(*^_^*)
楽器が帰ってくるのってほんとにうれしい。
幹治さんは、ギターだけじゃなくトランペットも吹きます。
最近はピアノも!だからね、この気持ちが共有できるからね、
あーもーほんとにありがとうございました。
というわけで、
昨日はライブも楽しいわ、楽器はぴっかぴかになって帰ってくるわ
最高にごきげんな一日でした。
ってことは70歳超えてるかも・・・このギター。
とってもきれいになって帰ってきました。
70年、さすがにボディがはがれたり、かわいそうなことになってきて
どうしよーと、某老舗ライブハウスの某幹治さんに^_^;
どうかなりますか・・・とお願いしまして。
(彼はマニアックです。なんでも自分で作っちゃうしよくご存じです。
だからそういう彼の周りはまたマニアックな職人さんがいっぱいだし。
彼自身がそのマニアックな職人さんの一人なわけですけど。)
快く引き受けてくださって、こういう立派な姿になりました。
うれしいっ!
これ、実はもう50年くらい眠っていた楽器でした。
私の大叔父が持っていたもの。
「あ、お前、音楽しよるとやったなぁ、
お前にやればよかなぁ、ちょっと待っとけ、いや、まだあったろうや」
突然、何を思い出したか、奥に消えて行って・・・間もなく、
そのわりにはきれいやなぁ、と思うこのギターと一緒に戻ってきて
「音は出るけん、どうげんかなるなら、つこうちゃれ」
もう、10年近く前に亡くなったのですが、亡くなる1年くらい前だったか
珍しく、戦争中の話になりました。
例にもれずあまり戦争中の話はしたがりませんでしたが、そのときは
何となく、当時お世話になったご家族のお話になりました。
台北にいた大叔父は同じ軍の若い方たちとよくいく食堂があったようでした。
そこのおばちゃんに若い兵隊さんたちはとてもよくしてもらったそうです。
そこに下宿中のご親戚の娘さんが、ご両親に内緒で買ったギターがこれでした。
日本と同じなのでしょうね、当時はギターなんてね、
親御さんたちはよく思わなかったそうで、ましてやお嬢さんは
学校に行くために、台北にきていたわけで・・・。
そのお嬢さんが、帰るときに、ギターはお家には持って帰れないから、と
大叔父が頂くことになった・・・のだそうですが
まぁまぁ、本人の話、ほんとうのとこ、そのお嬢さんってどういう関係!?
なぁんて私にはきけません^_^;
耳が遠いのもあってややこしいのもあるけど、まちょっと気難しい人でしたし
きっとまぁ、そういうふうにきれいに思い出にして話したかったでしょうし^_^;
もらってきたギター、まずは松本先生に頼んで、ペグを変えてもらったり・・・
で、ちゃんと音が出るようになって、録音に使ったり・・・
なんと目見田くんにブルーノートのライブで弾いてもらったりしていたのです。
「ごろー爺、陽の目をみたよー」と報告もしました。
でも、この数年、だんだんボディがはがれてきて、なんだかもうすっかり
疲れてきたようなようすを見せていました。
どうしよう、どうしよう、と思ってた時・・・
そうやん!ここに相談に乗ってくれる人がいた!
昨日、帰ってきました。幹治さん、ありがとうございました。
うれしい、めちゃめちゃうれしい。
きれいな音、戻ってきました。
ライブから帰ってきて、機材片づけながら、弾いて弾いて!
「へろっあらびゅ・・・」
「俺はドアーズはしらん!」
と、言いながらも
♪へろっ♪じゃがじゃん!と弾いてもらいました(*^_^*)
楽器が帰ってくるのってほんとにうれしい。
幹治さんは、ギターだけじゃなくトランペットも吹きます。
最近はピアノも!だからね、この気持ちが共有できるからね、
あーもーほんとにありがとうございました。
というわけで、
昨日はライブも楽しいわ、楽器はぴっかぴかになって帰ってくるわ
最高にごきげんな一日でした。
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