今日、栃木県佐野市文化会館にて、「佐野の越名舟唄全国大会」予選会が行われました。
以下、プログラムより ご紹介します。
佐野の越名舟唄(こいなふなうた)の由来について
越名舟唄は、江戸期から明治期にかけて、佐野の越名河岸から秋山川~渡良瀬川~利根川~江戸川を経由して、隅田川から江戸の両国とを往来していたかつての高瀬舟の船頭が、櫓や竿をあやつりながら口ずさんでいた唄でした。
この唄の源流は、江戸の酒盛り唄の「二上がり甚句」で、日光街道最初の宿場千住で酒席の流行り唄として唄われた「千住節」です。
それが近郷に広まり、「盆踊り唄」「田の草取り唄」、更には「舟唄」に形を変え千住を中心にして、関東地方の河川を往来する高瀬舟の船頭たちによって広まっていきました。
そして、河川流域により唄の呼び名が変わり、栃木県佐野市においては「越名の舟唄」として唄い継がれております。
今日の参加賞・・・佐野、一千年の歴史「天明鋳物」の楊枝入れです。
予選は 熟年の部72名 実年の部80名 一般の部19名で行われ、それぞれ 26名 25名 10名が 明日の決勝戦に挑みます。そして、各部の優勝者3名が 日本一を目指して 総合優勝決定戦を行います。
予選通過者には 佐野市より 名物「佐野ラーメン」が副賞として 配られました。
ラーメンいただきました。
アトラクションとして越名舟唄保存会の唄・踊り、そして高橋脩悦会社中による 津軽三味線の合奏が披露され、全国大会に華を添えていました。
予選通過者の発表の後、審査委員長である 竹内勉先生より 特別賞表彰と アドバイスを 頂きました。
「唄を唄うとき 会場に向かって漫然と唄っていると、表情の乏しい唄になります。この人に聴いてもらいたい、あの人に聴かせたい という人を胸に秘めて、思いを込めて唄ってください。その思いはきっと伝わってきます。」
以下、プログラムより ご紹介します。
佐野の越名舟唄(こいなふなうた)の由来について
越名舟唄は、江戸期から明治期にかけて、佐野の越名河岸から秋山川~渡良瀬川~利根川~江戸川を経由して、隅田川から江戸の両国とを往来していたかつての高瀬舟の船頭が、櫓や竿をあやつりながら口ずさんでいた唄でした。
この唄の源流は、江戸の酒盛り唄の「二上がり甚句」で、日光街道最初の宿場千住で酒席の流行り唄として唄われた「千住節」です。
それが近郷に広まり、「盆踊り唄」「田の草取り唄」、更には「舟唄」に形を変え千住を中心にして、関東地方の河川を往来する高瀬舟の船頭たちによって広まっていきました。
そして、河川流域により唄の呼び名が変わり、栃木県佐野市においては「越名の舟唄」として唄い継がれております。
今日の参加賞・・・佐野、一千年の歴史「天明鋳物」の楊枝入れです。
予選は 熟年の部72名 実年の部80名 一般の部19名で行われ、それぞれ 26名 25名 10名が 明日の決勝戦に挑みます。そして、各部の優勝者3名が 日本一を目指して 総合優勝決定戦を行います。
予選通過者には 佐野市より 名物「佐野ラーメン」が副賞として 配られました。
ラーメンいただきました。
アトラクションとして越名舟唄保存会の唄・踊り、そして高橋脩悦会社中による 津軽三味線の合奏が披露され、全国大会に華を添えていました。
予選通過者の発表の後、審査委員長である 竹内勉先生より 特別賞表彰と アドバイスを 頂きました。
「唄を唄うとき 会場に向かって漫然と唄っていると、表情の乏しい唄になります。この人に聴いてもらいたい、あの人に聴かせたい という人を胸に秘めて、思いを込めて唄ってください。その思いはきっと伝わってきます。」