今日、検査結果を聞いてきた母
また息子に付き添ってもらって行ってきました
どうも胃にMALTリンパ腫というあまりよくないものが育っているようです
その状況をまた詳しく検査したい ということで17日にCT、30日にピロリ菌の検査をするとか
もう検査も治療もやだ と本人は言うけど実際に食が進まないのはよくないのでもう少し我慢するようにと息子(孫)に諭された様子
このリンパ腫が胃にある場合、多くはピロリ菌に侵されてるようでその治療によって食欲が戻ればいいこと
またこれはがんの一種には違いないのだそうだが、普通はそんなに侵攻しないし、開腹手術や放射線治療などもしなくても急変はしないようだ
本人の歳も歳だし、ここは様子を見ながら過してみましょうと。
但しCTの結果他の部分に転移していればまたその対処法が違ってくるようです
本人は「もう十分に生かせてもらった」 と口癖のように言うけど
物が食べれなくて元気のない様を見ると、もう少し食欲を戻してあげたいと思ってしまいます
あまり栄養をとれないといかんので、毎朝、買いだめしておいてる栄養ゼリー「これだけでも飲みゃあよ」と手渡ししてきていますが
とりあえずの報告でした
また息子に付き添ってもらって行ってきました
どうも胃にMALTリンパ腫というあまりよくないものが育っているようです
その状況をまた詳しく検査したい ということで17日にCT、30日にピロリ菌の検査をするとか
もう検査も治療もやだ と本人は言うけど実際に食が進まないのはよくないのでもう少し我慢するようにと息子(孫)に諭された様子
このリンパ腫が胃にある場合、多くはピロリ菌に侵されてるようでその治療によって食欲が戻ればいいこと
またこれはがんの一種には違いないのだそうだが、普通はそんなに侵攻しないし、開腹手術や放射線治療などもしなくても急変はしないようだ
本人の歳も歳だし、ここは様子を見ながら過してみましょうと。
但しCTの結果他の部分に転移していればまたその対処法が違ってくるようです
本人は「もう十分に生かせてもらった」 と口癖のように言うけど
物が食べれなくて元気のない様を見ると、もう少し食欲を戻してあげたいと思ってしまいます
あまり栄養をとれないといかんので、毎朝、買いだめしておいてる栄養ゼリー「これだけでも飲みゃあよ」と手渡ししてきていますが
とりあえずの報告でした
うちの母も、胃の調子が悪くて、
7キロぐらい痩せた時期がありました。
時々、今でも具合が悪くなる時があるのよね。
一応病院に連れて行って、胃カメラなんかも鼻から入れてみてもらったんだけどね。特別な異常は無いと言われて一安心だったんだけど、MALリンパ腫ってきになりました・・・。
お母さん、今年いくつになられるんでしたっけ?お誕生日が私と一緒なのよね。
気が気じゃないね・・・。
何事もないことを、祈ってます。
大事な兄ちゃんのお母さんなのでいつも気になります
悪性でなければ
みんな高齢者になれば病気も抱えるしそれとうまく付き合っていくしかないのだろうと私も父のことでいつも自分を戒めています
元気で今そばにいてくれるだけでありがたいやーと思うことにしています
ポタ母さん
お大事にね
食事もなるべく取れた方がいいから
軽くてもなんでも食べさせてあげてね
ポタは昭和6年11月17日生まれだから今年83になるのかな?
学生だったころは体が弱くて、よく学校からお医者さんへ連れて行かれたとか言ってました
親父と結婚して、この名字になったらすごく健康になったということ
ホントに寝込んでた覚えがありません
ただ一度何年か前に甲状腺の手術で入院しただけ
健康だった友達が次々に鬼籍に入り、自分を振り返っていつも感謝しております 僕にもね(笑)
まだ何にも介護らしきことはしていません
出来れば最後までこうでありたいようですが、これはどうなるか分かりません
もうちょっと食べさせてやりたいです
明日はアズも一緒に食事に行ってきます
食べれるかな?・・・
あなたのお母さんは突然だったんで、介護で苦労しない代わりに大きな悲しみを背負ってしまったね
人間にはある程度あきらめの気持ちを育てる時間が必要です
でも不公平なことにそれを少しも与えられない娘や息子がい、またその逆に身内の悲しさをいやというくらい突きつけられる人もいます。
親子として出会えた喜びがあったんだから、別れるときは悲しいのは当たり前で、その家族ごとの悲しみは千差万別
でもみんな乗り越えるんだよね
あと1年なのか2年なのか10年なのかわからないけど
納得してその時を迎えたいと思っています
なんとしても僕が先にならないように、それだけは心に念じています(笑)
変なレスになっちゃってごめんな
最近おかしいわ
「なんとしても僕が先にならないように・・・」
弟さんのこともあってかと思いますが、
37歳で病気を発症した夫に、そのことだけは、ずっと言い続けてきました。
母が3年前に旅立つまで頑張ってくれたことが、息子の命も延命させてくれたようにも思うのです。
幾つになっても、母にとっては息子。
かっつんが元気で笑っていることがお母様にとっての平和そのものです。
昭和6年生まれですか・・・・私の母の一つ年下。
戦争を若い日に超えてきた世代、いろいろ、生きにくくなった・・・と、母は言っていますが、
それでも、静かに暮らさせてあげたいとおもいますよね。
美味しく食べられるようになりますように・・・願っています。
お母さん、それは具合悪かったことでしょう、お見舞い申し上げます。
私もね、苦しい検査を受けたとき、もう死んでもいいと、思ったよ。
高年齢になると、いろんな病気が現れてきます。
弱気になるのは一番悪いけど、やっぱりお母さんの気持ち良くわかります。
家族の方にしても、辛いことですね。
どうか、気永に聞いてあげてくださいね。
肉親の暖かさが一番の薬になります。
良い方向へむかわれることを願っています。
私なんて、食べる事が生きる活力やから
食べられへん。って事になったら相当凹むと思う。
でも、検査も苦痛よなぁ。
怖いし。。。
私も、アレルギーとかは持ってるけど
内臓が元気やねん。
特に「胃」が。。。
胸焼けも未経験やし
胃薬も飲んだ事無いもん。。。
だから、子供達も、私を労わってくれへんよ。。
母は、息子に優しくして欲しいねんで。。
私は、息子に甘えたぃ~~~
って、絶対、口にはよう出さんけど。。。
ポタ母さん、元気になって、
また、ネタを披露して欲しいよ
結果がよいことを心から祈っております。
親の病気は心底こたえます。ですが親には笑って肩をそっと叩いて励ましてあげたいし。
いろいろとお心悩む時ではありましょうがぜひお母様を支えてあげて下さいませね。
少しでもおいしいものを召し上がって元気になっていただきたいです。
祈っております。
それが一番親不孝になるって分かってるから、それだけは死守するつもりです
そうか旦那さんはお母さんのために頑張ったかぁ
今度は奥さんのために頑張るんだ
頑張ってもらわなきゃね
新生活はどうですか?
ルナちゃんの病気も大したことがないって分かって一安心
楽しんでください
お母さん、うちと1つ違いですか
戦後の混乱期をよくぞ頑張ってくれました ってことですよね
この時代の人たちの頑張りは、日本のためにも大変貴重なものでした
その財産を僕らの世代が受け継いで、下向きにならないようにしなくてはいけません
大丈夫やろか? と思いながらも頑張るしかないっすね
この水を母親に持って行って飲むように指示
僕の周りでも母親の応援をしてくれる人がいて、助かっています
今日は残念ながら夕食に参加っしてもらえませんでしたが、また次の機会には・・
もう3週間ほど連続で僕と二人で行ってるんですけどね
娘がいるということで僕に遠慮してるのかもしれません
本心はよくわかりませんけど
tamiちゃんも絶好調ではないことを知ってます
お大事にしててください
ただし、時々ブログ更新はしてくださいね
もうすぐ岐阜からこちらの秋の音が聞こえてくるはずですので(笑)