日々衰えてゆく母を見ています。
小さかった母はより小さくなりまともな会話もできなくなりつつあります。
僕が隣に行くと何となく理解はしてくれてますが時には自分の弟の名前を問いかけることもあります。
息子だよと叫ぶとわかったと頷きありがとうと手を合わせてくれます。
ごめんなさい 目と鼻の辺りがボワンとしてきてしまいます。
細くなってゆく身体を見て食事はどうなってるかと看護師さんに聞くと食べると体に負担が来るので って
何も食してないってこと?
特別な治療はしなくていいという本人家族の意思は伝えましたが食べずに痩せるのはどうなんでしょう。
ベッドに寝た切りの今の生活は果たして母にとって良かったのかどうか?
もしかしたらあのままグループホームにいて時々車椅子でみんなと同じ食卓に着いたり、訪問看護の方が点滴をしてくださったようにそんな生活していた方が幸せだったのか?
否、早くここを出たいと言っていた母の言葉を尊重してよかったのかもと。
早よ死ななあかん と言っていた母の言葉を思い出すたびに僕のやってきたことは正しかったのかどうか・・
今月17日が来れば93になります。
なれないかもしれません。
小さかった母はより小さくなりまともな会話もできなくなりつつあります。
僕が隣に行くと何となく理解はしてくれてますが時には自分の弟の名前を問いかけることもあります。
息子だよと叫ぶとわかったと頷きありがとうと手を合わせてくれます。
ごめんなさい 目と鼻の辺りがボワンとしてきてしまいます。
細くなってゆく身体を見て食事はどうなってるかと看護師さんに聞くと食べると体に負担が来るので って
何も食してないってこと?
特別な治療はしなくていいという本人家族の意思は伝えましたが食べずに痩せるのはどうなんでしょう。
ベッドに寝た切りの今の生活は果たして母にとって良かったのかどうか?
もしかしたらあのままグループホームにいて時々車椅子でみんなと同じ食卓に着いたり、訪問看護の方が点滴をしてくださったようにそんな生活していた方が幸せだったのか?
否、早くここを出たいと言っていた母の言葉を尊重してよかったのかもと。
早よ死ななあかん と言っていた母の言葉を思い出すたびに僕のやってきたことは正しかったのかどうか・・
今月17日が来れば93になります。
なれないかもしれません。
プロの方が判断されているので、負担が掛からないようにされているのかなと思いました。
私の父も最期の頃はいつも寝ていたように思います。食べたくなければ無理に食べさせない方が本人は楽だとあったのは近藤誠先生の本だったかな。。。でも見ている方は辛いですよね。
息子さんが親を思って判断したことには何一つ間違いがないですよ。
医師からは点滴は本人を苦しめるだけ・・・そう言われました。
何かできるのでは?と思ってしまいますよね。
正しかったとか、どうだったかではなく
かっつんはその時々の最善を尽くしてきたと想います。
安らかな終わり方でも苦しみが伴う。
と言って一瞬で終わるのも多分肉体的に無事では済みますまい。
その中で今僕は僕の母は一番何気ない終わり方を模索しています。
外側から確認してください。
けさは昨日よりも少し話しましたが自分の弟、僕の叔父の名前を呼びました。
僕に対してです。
それだけ意識の混濁は否定しようがありません。
でも息をするのに苦しさは見えません。
夜もしっかり眠っているようだと看護師さんの言葉でした。
ただ水をしっかりゴクリゴクリと飲みたいと訴えます。飲ませてあげたくてたまりません。
10年くらい前に物が食べられなくなった時があります。で、毎週一回外出して一緒に食事をする習慣をつけました。一緒なら少し食べれたので。
僕は仏壇の前に座って、どうかもう一度お母さんを普通に戻してあげてください。 と祈りました。
願いは通じました。
十分に気持ちが通じたのでこれ以上の贅沢は言わないつもりです。
僕も母も感謝で一杯です。
もう皆さんが書かれている通りです。私も最近特養探しをしていて思う事は自分が自分でなくなった時は食べない事にしようと決めています。人間も生き物すべてそれが自然の生き方なのです。食べたくないものを無理して食べさせる方が残酷です。息子としてはつらい気持ちは分かりますが、お母様は自分の人生を自分で決めて満足しているのですよ。見守ってあげるだけで感謝していますよ。
多分ホームにいた方が長生きしたことでしょう。でもそれがいいか悪いかわかりません。
母の意思も多分今の方を望んでいる ということにします。