『セイヤン村』 外周の家並み
昨日に続いて
『エストレル海岸』後背地
海から20kmほどの山地に東西に点在する村々を訪ねよう
※
『Séillans セイヤン村』
11世紀の天守(円形の塔)と12世紀の城郭
及び
11世紀のロマネスクの教会
を持つ
中世の村そのもの
一番高いところは城
『Château de Séillans セイヤン城』
『Porte Sarrasine サラセン人の門』
城門は複数残っているが
これは「サラセン人の門」と呼ばれている
預言者ムハンマドの死後
わずか1世紀にして東は中央アジアから西はイベリア半島まで
大帝国を築いたウマイア朝は
ピレネーを超えてガリアの地に侵攻し
732年フランス中央部「トゥール」と「ポワティエ」の間で
大激戦の末「カール・マルテル」率いるフランス諸侯連合軍に敗れて
イベリア半島に引き返した
その流れで
地中海岸はイスラム(サラセン人)に占領されたり略奪されたりで
その時代の
イスラム建築(主に城壁)が残っている
だがしかし
この城門の名はサラセン人とは無関係
扉は内側に開くのがヨーロッパのしきたり
この門の扉はサラセン風に外に向かって開いたから
ここセイヤンは
一度もイスラムの襲撃を受けたことはないんだそうです
旧城壁内は
やはり坂道が多い
サラセン人の門
『サラセン人の門』は
本来あった城壁部分は無くなって
城門の部分だけが独立して塔の様に残されている
『Fontaine de la Place Thouron トゥーロン広場の噴水』
『Fontaine de la Place de la République 共和国広場の噴水』
村役場
Ivan Ivanov 作『ドラゴン』
『Place de Boucherie 肉屋の広場』
その昔
肉屋があったのであろう広場が今では寂しい限り
教会は白の反対側
右が城で
左が教会
正面上部
周り全部に建物が立て込んでいて
正面も側面も
全景を画面に入れられるだけ下がれる空間は全くない
旧城壁外に
非常に似た二つの礼拝堂あり
『Chapelle des Selves セルヴの聖母礼拝堂』
『Chapelle Notre-Dame de l'Ormeau オルモーの聖母礼拝堂』(重文)
この村を歩いている時
ある家の表に面白いものを見つけた
「猫にご注意」
猫を2匹飼っているおたくなのだろう
扉を無造作に開けないようにという注意か
※ ※
『Fayence ファイアンス村』
かなりの急勾配の斜面にへばりつき
等高線上に動線を持つ村
天辺は『時計塔』
『Tour de l'Horloge 時計塔』
おそらく古い城址の塔の再利用だと思われる
時計をつけたのが1708年か
一応鐘もつけるようになっている
城の残骸もある
教会は城より下の方にある
四角い塔が教会の鐘楼
もし左奥の小さな二つの四角い塔が判別できれば
すぐ隣『トゥーレット村』の城
『Eglise Saint-Jean-Baptiste 洗礼者聖ヨハネ教会』
内部写真は手ぶれで恐縮です
プロヴァンス共通の雰囲気
それから
この村にも上の「セイヤン」と同じ造りの礼拝堂もある
『Chapelle Notre-Dame des Cypres 糸杉の聖母教会』
正面玄関口の前に
屋根で覆われた張り出し「ポルシュ」が付いている
さらに変わっているのは
後陣(正面から入って一番奥の外側)に鐘楼が立つ
さらにこの村にも
『サラセンの門』がある
通りをまたぐ
アーケード型の村役場も既視感十分
結構な勾配の斜面なので
等高線に沿わない動線は階段か坂道
勾配の少ない等高線沿いの道路は車が走り
日常生活の商店や飲食店は
階段や坂道を歩いて
噴水(水場)もいたるところに
共同洗濯場
とっても素敵な入り口のあるレストランを
見つけました
集落域の外に
ローマの水道橋がかなり完全な形をとどめて
残っています
では
あと二回程この辺りの村をごい紹介して
『プロヴァンス巡り』を終わりにしようと思います
もう少しだけ我慢して
お付き合いください
= = = = = = = = = = = =
「ご感想」「ご意見」「ご要望」その他なんでもお待ちしています
右下の「コメント」をクリック
つぎに出る「コメントを送信する」をクリックすると送信フォームになります
※
旅行の具体的なことに興味がある方は以下のサイトにもどうぞ